認知症について知る

もの忘れ・認知症の専門医が語る
認知症の医療事情

2025年には65歳以上の高齢者のうち、認知症の方は
約700万人になると推計されています。それは“5人に1人”、
つまり誰もが認知症になる可能性があることを語っています。
認知症の医療事情について、当ホームページを監修いただいている「さちはなクリニック」副院長の岡 瑞紀先生にお話を伺いました。

※「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」(平成26年度厚生労働科学研究費補助金特別研究事業)より朝日生命試算

あらゆる結果から総合的に診断

認知症の診療に対するお考えをお聞かせください。

 私の認知症診療におけるモットーとして、「可能な限り、患者様・ご家族様のお話をお伺いし、今までの生活史、現在の生活様式や生活環境なども考え合わせながら、環境調整・非薬物療法・薬物療法の最善の組み合わせを考えること」を重視しています。

 また、認知症の方を介護されているご家族の方ご自身の心身の健康状態や安定した生活にも注力した診察を心がけています。

どのようなきっかけで来院されることが多いのでしょうか。

 「もの忘れ外来」に自主的に来院されるケースでは、ご自身で「もの忘れ」を気にして来院される方や、ごく身近にいるご家族(配偶者や子供)からもの忘れが多いと指摘されたことをきっかけに来院される方が多いです。会社の上司や同僚などの第三者から仕事でのミスが多いと指摘されたりしたことをきっかけに来院される方もいます。
 最近では、市区町村の健康診断などで行われた「もの忘れチェック」の結果から来院につながる方もいます。運転免許証の更新をきっかけにされる方も増えてきています。テレビインターネット雑誌の情報「認知症自己チェックシート」などの結果をお持ちになる方もいらっしゃいます。

 一方、主治医から受診をすすめられて来院される方、地域包括支援センターやケアマネージャーからの紹介もあります。お一人で来られる方、ご家族とご一緒に来られる方とさまざまです。

 実際は、受動的に来院されるケース(ご本人にはもの忘れの自覚がない、または自覚はあるが受診に消極的でご家族が連れてきたというケース)が5割強を占めています。

 このように、きっかけはさまざまで、全く問題がない方から高度の認知症の方までいらっしゃいます。当院での認知症の患者様は、年代的には70歳代の方が多いです。

認知症の診断はどのようなステップで行うのでしょうか。

 初診では、問診票をもとに詳しくお話を伺うことに重点をおいています。「いつからどのような症状が出ているのか」「何に困っているのか」だけではなく、認知症はこれまで“獲得“してきた能力を失っていく脳の病気なので、その方が歩んでこられた人生や家族の歴史、どのような能力を“獲得”してきたのかを丁寧にお聴きしています。ご自身や血縁者がかかったことのある病気も重要な情報なので、詳しくお聴きします。

 また、もの忘れをしている本人の発言だけでは真実がわからないこともあるので、ご家族や第三者からの情報・状況確認も非常に重要と考えています。本人の認識と周囲の認識とのギャップ部分を丁寧に確認していきます。

 そして、認知機能検査も行い、数値で客観的評価もします。当院では主に、長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)、MMSE(ミニ・メンタルステート試験)を行っていますが、MCI(軽度認知障害)を疑われる方にはより複雑な検査を、認知機能低下が明らかな方にはより簡易な検査を適宜選択しています。患者様の状態に応じて、必ずしも初診では検査せず、関係性を構築してから、もしくは特定の症状が落ち着いてから検査を行うこともあります。認知機能検査は、結果の点数だけでなく、問題に取り組む姿勢やミスへの弁明の様子、ミスの特徴などが診断にとって重要な情報となります。

 問診や認知機能検査の結果から認知症が疑われる場合は、MRI(磁気共鳴画像診断装置)、CT(コンピュータ断層撮影装置)、SPECT(脳血流シンチグラフィ)などの画像検査で脳の状態を調べます。画像検査を併用することで、脳梗塞や脳腫瘍、正常圧水頭症などの有無をチェックするとともに、脳の萎縮状態からアルツハイマー型脳血管性レビー小体型前頭側頭葉変性症など認知症のタイプと症状の進行具合を判別していきます。

 診察室に入ってきた時の歩き方や顔つき、姿勢、整容状態なども診断に有用な情報になります。

診察室に入ったところから診察が始まっているのですね。

実は、問診票の記入の仕方が診断の一助になることもあります。

例えば、
  • 問診票を自分では全く書けない
  • 回答がまとまらない
  • 文字の大きさにバラつきがある
  • 質問への回答を忘れる
  • 文字が震えている
  • 几帳面なほど細かく記入する
 など記入の仕方を一つとっても性格や病気の兆候がわかる場合もあります。うつ病や発達障害、パーキンソン病など他の病気の可能性を示唆していることもあるからです。

 さらに、待合室や受付・会計のご様子、問い合わせや予約の電話内容も診断をつける際の重要な情報となります。

 例えば、
  • 待合室でじっとしていられない
  • 診察券が見つからない
  • 忘れ物をして行ってしまう
  • 家族と衝突している
  • 支払いがスムーズにできない
  • 同じことの確認を何度も行う
などです。

認知症を疑うような症状の病気や状態は100種類以上もあるので、診察中は、脳をフル活動させて可能性を振るい落としていく“除外診断”をしています。特に、治療可能な認知症といわれている病気が原因となっていないかには注意を配っています。それとともに、確定的な診断に近づけるために、認知症のタイプごとに特徴的な症状エピソード集めをしています。

このように、認知症は症状や検査、あらゆる情報の結果から総合的に判断して診断に至ります。

「認知症ではない」と診断される場合もありますか。

 そうですね。自発的にもの忘れを心配して受診された方の多くは、認知症ではない場合が多いです。加齢によるもの忘れを心配し過ぎているだけや、MCI(軽度認知障害)もあります。認知症にかかりやすいとされる年齢ではない若い方(20~50歳代)では、主訴が「もの忘れ」でもうつ状態や不安障害、発達障害などである場合が多いです。

 MCI(軽度認知障害)は、日常生活や社会生活に支障はなく、認知症の診断には至らないけれど、もの忘れの症状が多く、認知機能が低下しているいわば“認知症の予備軍”です。患者様にもよりますが、薬を服用することが進行抑制や心身の安定につながると判断した場合は、予防をかねて薬を処方することもあります。

 患者様にもよく聞かれますが、「加齢によるもの忘れ」「認知症」との大きな違いは、日常生活に支障があるかどうかという点ですが、初期の認知症はもの忘れとの判別が非常に難しいので、不安を感じたら早めの受診をおすすめします。

加齢によるもの忘れと認知症の記憶障害との違い

加齢によるもの忘れ

  • 経験したことが部分的に思い出せない
  • 目の前の人の名前が思い出せない
  • 物の置き場所を思い出せないことがある
  • 何を食べたか思い出せない
  • 約束をうっかり忘れてしまった
  • もの覚えが悪くなったように感じる
  • 曜日や日付を間違えることがある

認知症の記憶障害

  • 経験したこと全体を忘れる
  • 目の前の人が誰なのかわからない
  • 置き忘れ・紛失が頻繁になる
  • 食べたこと自体を忘れている
  • 約束したこと自体を忘れている
  • 数分前の記憶が残らない
  • 月や季節を間違えることがある

認知症サポート養成講座標準教材「認知症を学び地域で支えよう」全国キャラバン・メイト連絡協議会(2015 年 8 月)

患者様ごとに最適な言葉で

認知症の告知をご本人にする際に気をつけていることはありますか。

 告知は非常に慎重に行うようにしています。患者様によっては、告知自体が生死に影響する可能性もあるからです。一言で「認知症」といっても、患者様ごとにお持ちの情報やイメージはさまざまです。
 認知症で最も多いのはアルツハイマー型ですが、例えば、“アルツハイマー”に対して絶望のイメージをお持ちの方であれば、まずは“加齢性の脳の病気”と表現してお伝えし、徐々に理解を深めていっていただくこともあります。
 一方、「認知症」という診断がつくことで、今までの不具合の原因が明らかになったと安堵される方・ご家族もいらっしゃいます。患者様自身とご家族が認知症をどのように捉えているのかということが非常に大事だと思っているので、それを問診の段階から確認し、患者様ごとに最適な言葉で告知するようにしています。

早期発見のメリットにはどのようなことがありますか。

 認知症は、現在の医学では治すことはできない病気ですが、薬によって進行を抑制することはできます。認知症の症状が進行すると、ご本人やご家族も予期しないさまざまなトラブルに見舞われることがあります。ですから、認知症だとわかったら、早いうちから自分の能力に見合った環境に調整していくことが大切です。例えば、会社経営をされている方は進退について検討したり、主婦の方は家事のサポート体制を考えたり、多々ある生活上の障害を軽減する工夫をすることでトラブルを未然に防ぐこともできます。

 そして、早期発見のメリットは何より自分の理解や判断力が十分にあるうちに将来のことを考え、自分らしい選択ができる点だと思いますね。

認知症の予防には、どのようなことがおすすめですか。

私がおすすめするのは、次の4点です。

バランスのよい食事を摂ること

質のよい睡眠をとること

日中の活動と夜間の休息のメリハリをつけること

人と積極的に関わること

 日中の活動は、以前からの趣味や特技に加えて、少しだけチャレンジングな新しいことを始めて、今まで使っていなかった脳を活性化させるとよいでしょう。頭を使う活動と身体を使う活動、頭と身体を同時に使う活動の最低3つをバランスよく取り入れることをおすすめしています。

一人で抱え込まないこと

介護をされているご家族の診療もされていると伺いました。

 介護をされているご家族は、多かれ少なかれ心身ともに疲れていらっしゃいますが、ご家族が元気であることが巡り巡って認知症の患者様の健康や安心につながっていることを日々感じています。そのため、まずは認知症の患者様の治療の中でご家族に元気になっていただくことを考えています。

 受診に同伴されるご家族の疲れが癒えるようなお声掛けや介護上の工夫を提案するようにしています。しかし、ご家族の中にはうつ病を発症しているケースもあります。ご家族の方が希望されれば、治療をしていくこともあります。介護をしながら、最善の治療となる工夫を施します。そのために、どのような環境で介護をしているのか、介護を受けている方との関係性などをよく知ることを心がけています。

介護をされているご家族へのアドバイスはありますか。

 ある認知症の患者様のご家族は、「何度同じ話をしてきたとしても相槌を欠かさず、共感の気持ちを示す。たとえ予期せぬトラブルが起きたとしても笑い飛ばす。性格や自尊心を尊重してあげながらも、子育てをしているくらいの感覚で接していると気持ちが楽になれる」とおっしゃっていました。実際、誰もがこのような気持ちになるまでには時間がかかることでしょう。

 ただ、ご自身が笑顔でいることを心がけると、患者様も安心してくれてお互い笑顔でいられるのではないでしょうか。
 大切なのは、一人で抱え込まないことです。今や“老介護”“介護離職“は社会問題ですが、夫や妻、子供が一人で介護をするのには限界があると思っています。
 お子様やご兄弟、ご親戚がいらっしゃるならば、まずは現状をお話して何らかの協力をお願いしてみていただきたいです。ご近所さんやお友達にお話するのもよいかもしれません。ご自身が思っている以上に同じ介護の悩みをお持ちの方や、すでに介護経験のある方は多いものです。お住まいの地域で開催されている「オレンジ(認知症)カフェ」に参加し、リフレッシュや情報共有することも検討してみてください。

 そして介護サービスを利用するなど、“第三者”の協力も積極的に活用してください。ご家族はできる限り患者様の心に寄り添い、“第三者”が介護対象者の生活指導の役割を担うことが介護においてはベストなのではないかと思います。

一日、一日を丁寧に生きる

誰もが認知症になる可能性があるということで、
認知症になる前にしておくべきことはありますか。

 認知症になると、これまでの人生で歩んできた歴史や記憶が失われたり、ある一時の感情だけが浮き彫りになって鮮明に出てきたりすることもあります。

 例えば、かつてご家族に怒りや憎しみの感情を持ったとしましょう。
 その当時は理性のもとに我慢できたことが、認知症になったことで理性の抑制が効かなくなり、強い怒りや憎しみの感情として現れることもあります。それはご本人にとってもご家族にとってもとても悲しいことですね。ですから、元気なうちから毎日をどう生きるかが大切。一日一日を丁寧に、やり残しや悔いがないよう、気がかりなことやトラブルは解決しておくことが大切です。

今後、ますます認知症の高齢者が増えていくという 推計に対して、もの忘れ・認知症の専門医として どのようにお考えですか。

 少子高齢化が加速する中、多くの高齢者が公的介護保険制度を利用していくために、若い世代の方の負担が重くなるのは社会的な問題であると捉えています。実際、介護には高額な費用がかかります。

 介護は長期にわたることもあるので、元気なうちからご家族との間で具体的な費用や財産管理を含めて、介護について話し合っておくことをおすすめします。

 そして、今後も専門医として患者様お一人おひとりに寄り添った診療を行っていきたいと思います。高齢者も若い世代もハッピーに暮らせるような社会、認知症になったとしても皆が生きやすい社会になることを願っています。

ありがとうございました。

さちはなクリニック
副院長 岡 瑞紀

琉球大学医学部卒業。慶應義塾大学医学部精神神経科学教室にて研修。国家公務員共済組合連合会立川病院、桜ケ丘記念病院勤務後、慶應義塾大学病院メモリークリニック外来、一般内科医院での認知症診療、各種老人入居施設への訪問診療、保健所の専門医相談、地域研究、家族会など各種講演会での啓発活動を通して、様々なステージや状況下の認知症診療を経験。慶應義塾大学大学院医学研究科にて学位取得。2015年より、さちはなクリニック副院長として、もの忘れ、認知症の診療を担当。
免許・資格:医師/精神保健指定医/精神科専門医/日本老年精神医学会認定専門医/医学博士
所属学会:日本精神神経学会/日本老年精神医学会

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