相続人に認知症の方がいる場合どうしたらよい?
対策や注意点


相続が発生した際に相続人の一人が認知症だった場合、どう対処すればよいのでしょうか。

認知症患者の増加にともない、相続人に認知症の方がいて相続手続きがスムーズに進まないケースが増えています。

今回は、相続人に認知症の方がいた際に起こりうる問題や対処法について、具体的に解説します。

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相続の基本知識を確認

まずは、認知症と相続の問題に入る前に相続の基本について確認しましょう。

民法では法定相続人と法定相続分が決められている

法定相続人とは、被相続人の財産を相続する権利のある人のことです。また、法定相続分とは、法定相続人が相続する割合のことをいいます。

民法上の法定相続人になる人は、被相続人の配偶者や被相続人の血族です。法定相続分は、被相続人との続柄によって異なります。

例えば、被相続人に配偶者と子ども2人がいた場合、法定相続人は3人です。配偶者に1/2、子どもにはそれぞれ1/4ずつが法定相続分として定められています。

この割合はあくまでも目安であり、必ずしも法定相続分のとおりに遺産を分ける義務はありません。仮に被相続人が遺言書を残していた場合は、基本的に遺言書の内容が優先されます。とはいえ、遺言書がない場合は、法定相続分を相続の目安にするのが一般的です。

実際の相続では遺産分割協議が必要となるケースが多い

「遺産分割協議」とは、「誰が・何を・どう相続するか」を被相続人の死亡により相続人となった者全員で決める話し合いのことです。

なかには「民法で定められた法定相続分で分けるため、話し合いは不要」だと考える方もいるでしょう。

しかし、実際の相続では、預貯金のようにきれいに分割できる遺産ばかりではなく、土地や家屋など分割しにくいものが含まれることもあります。

また、預貯金の引き出しや土地の名義変更などの相続手続きを行なう際に、法定相続人全員が遺産分割協議に合意したことを示す、「遺産分割協議書」が必要になるケースも少なくありません。

相続人のなかに認知症の方がいると遺産分割協議ができない可能性がある

遺産分割協議を成立させるには、法定相続人全員が内容に合意する必要があります。

仮に、相続人が認知症で意思表示や判断が十分にできない状態でも、死亡していない限り話し合いから除外することは不可能です。

認知症の場合、判断能力の有無はそれぞれの症状や進行度合いによって異なるため、一概に「遺産分割協議ができない」とは言い切れません。

とはいえ、認知症の診断を受けていると、有効な法律行為ができないとみなされ、遺産分割協議が成立しないケースが多いのも事実です。

認知症で遺産分割協議ができないときに起こる4つの問題

では、相続人に認知症の方がいて遺産分割協議ができないと、どのような問題が起こるのでしょうか。

法定相続分で決まった割合で相続するしかない

相続人の一人が認知症の場合でも、相続自体は可能です。しかし、遺産分割協議が成立しないと、法定相続分の割合で相続することになり、たとえ近しい間柄であっても、柔軟な遺産分割ができなくなります。

本来であれば、話し合いで相続割合を決め、配偶者控除や小規模宅地等の特例など、税金の控除枠を最大限に活用すれば、相続税の負担が軽減できます。しかし、遺産分割協議ができないと、相続税の負担や控除枠を考慮した相続ができません。

預貯金の払い戻しが制限される

遺産分割協議が成立しないと、被相続人の預貯金を払い戻せない可能性があります。

通常、被相続人が亡くなった旨を銀行に伝えると、相続手続きが終わるまで口座が凍結されます。原則として、相続手続きが終わるまでは、相続人が単独で預貯金を引き出すことはできません。

例外として、「遺産分割前の相続預金の払戻し制度」を活用すれば、相続手続き前でも一定額までの預貯金を引き出すことは可能です。

とはいえ、被相続人との続柄に応じた払い戻しの上限額や、手続きに相続人全員の戸籍謄本や全部事項証明書が必要など、厳しい決まりが設けられています。

ちなみに、金融機関によっては、遺産分割協議書がなくても、相続人全員の印鑑証明書や戸籍謄本などの必要書類があれば、預金相続が行える場合もあります。しかし、認知症の方が意思表示できない状況では、市役所での印鑑登録ができないため、手続きは困難といえるでしょう。

土地や家屋などの相続財産が共有となってしまう

不動産を相続する場合、遺産分割協議をすることで、不動産を相続する特定の相続人を決めたり、不動産を相続しない相続人に対して代償金を支払ったりして、相続を円滑に進めることができます。

しかし、遺産分割協議が成立しない場合、預貯金のように分割できない財産は、原則法定相続人全員の共有名義で相続します。

不動産を共有名義にすることは、デメリットが大きいといわれています。例えば、相続人の一人が不動産を売却したいと思っても、売却には共有者全員の同意が必要です。

建物の建設や賃借契約を結ぶ場合も同様です。共有名義人に認知症の方がいる場合、同意を得られないため、ただ不動産を所有し続けるしかない事態に陥ってしまいます。

相続放棄ができない

相続放棄も法的な行為であるため、認知症の場合、意思能力がないとみなされます。
相続では、被相続人に負債などのマイナスの遺産があった場合、相続放棄をすることができます。
しかし、相続人が認知症の場合は、放棄する意思を示せないため、マイナスの遺産を相続せざるを得なくなってしまうのです。

なお、ほかの相続人や親族が、認知症の方の代わりに相続放棄を申し立てることはできません。

相続人が認知症のときは成年後見制度を活用する

認知症の相続人が含まれる遺産分割協議を円滑に行なうには、「成年後見制度」を活用する方法があります。

成年後見制度とは、認知症や知的障害、精神障害など意思能力が不十分だと判断される方を守るための制度です。成年後見制度には、「法定後見制度」と「任意後見制度」があります。相続人がすでに認知症を発症し、意思能力が不十分とされる場合に活用できるのは法定後見制度です。

法定後見制度には、さらに「補助・補佐・後見」の3種類があり、どれに当てはまるかは医師の診断書などを踏まえて家庭裁判所が判断します。

家庭裁判所によって選定された成年後見人等は、意思能力や判断能力が不十分とされる本人に代わって遺産分割協議に合意したり、相続財産を管理したりします。

【成年後見制度】

種類

内容

後見人の決定

法定後見制度

(補助・補佐・後見)

本人や親族が家庭裁判所に申し立てを行ない、補助人・補佐人・成年後見人が選任される。認知症を発症したあとでも申請が可能。

家庭裁判所

任意後見制度

本人に判断能力があるとされるうちに任意後見人を選出する。本人があらかじめ「任意後見契約」を締結しておく必要がある。

本人


法定後見制度を活用する際の注意点

法定後見制度は、判断能力が不十分な方を支援する制度です。一見便利な制度ですが、利用を検討する前に知っておきたい注意点があります。

手間と費用がかかる

相続人が認知症を発症したあとでも利用できる法定後見制度は、家庭裁判所への申し立てが必要です。

申し立てには、申立書や住民票のほか、戸籍謄本や成年後見に関する登記事項証明書などが必要となり、書類をそろえるだけでも時間と手間がかかります。

さらに、成年後見人等が決定して制度が利用できるまで、申し立てから早くて1~2カ月程度、長いと4カ月かかる場合もあります。

また、司法書士や弁護士などの専門職の方が成年後見人等に選出された場合、利用した方が亡くなるまで継続的に報酬を支払わなければなりません。

相続が終わったとしても利用をやめることはできず、成年後見人等を変更することも簡単ではありません。相続人が亡くなるまでにかかる費用を考慮して、活用を検討する必要があるでしょう。

親族が成年後見人等になるのは難しい

司法書士や弁護士などの専門職の方に支払う月々の報酬を考えると、親族を成年後見人等として選任したいと考える方もいるでしょう。法定後見制度では、申立時に候補者の希望は出せますが、最終的な成年後見人等の選任は家庭裁判所が行ないます。

法定後見制度は、本人の財産と生活を守ることを第一に考えて作られた制度です。そのため、認知症である相続人の財産が高額な場合や、相続に関して親族間で意見が対立している場合は、司法書士や弁護士などの専門職が選出されるケースも珍しくありません。

仮に親族が選出されたとしても、親族自身が相続人となる遺産分割協議では、成年後見人等である親族と、認知症の方が利益相反関係になってしまいます。

その場合、親族は遺産分割協議に参加できないため、監督人が認知症の方の代理をします。また、監督人がいない場合は、再度家庭裁判所にて特別代理人を選任します。

柔軟な遺産分割協議ができるわけではない

成年後見人等を立てたとしても、自由に遺産分割協議ができるわけではありません。成年後見人等は、本人の財産を守るため、法定相続分の割合を重視します。そのため、節税効果を意識した遺産分割協議は、原則として認められません。

また、相続された土地の積極的な活用や売却も、本人の利益に反する可能性があるため、容易ではないでしょう。

被相続人が認知症の場合にも注意が必要

ここまで、相続人が認知症を患っているケースについて解説してきましたが、被相続人が認知症だった場合にも、以下のような問題が起こる可能性があります。

生前の相続税対策が難しくなる

被相続人が認知症と診断されたあとに、生前贈与や不動産の売却を行なった場合、「正常な判断がされていなかった」とみなされ、無効になる可能性があります。預貯金の解約や引き出し、生命保険への加入なども同様です。

例えば、親がすでに認知症を患っている場合、子どもが何かしらの相続税対策をしたいと考えても、「親には判断能力がない」とみなされるため、無効な行為とされてしまいます。

遺言書が無効になるケースがある

被相続人が遺言書を残していた場合でも、その遺言書の作成された時期によっては、無効になる可能性があります。

被相続人が認知症だと診断される前に書いた遺言書だとしても、安心できません。なぜなら、遺言書の有効性は、相続人が判断できるものではないからです。遺言書の作成時に判断能力があったかどうかを決めるのは、あくまでも裁判官です。

遺言書の有効性を主張するには、被相続人が遺言書を作成した時点で、判断能力があったことを裁判官に証明する必要があります。

相続人や被相続人が認知症になる前にできる対策

このように、相続人や被相続人が認知症であることで、相続手続きに問題が起こるケースが増えています。

ここでは、認知症の発症リスクに備え、事前にできる対策を具体的に紹介します。いずれも、意思能力がはっきりとしているうちに行なわないと無効になる可能性があるため、早めに検討しましょう。

有効な遺言書を作成しておく

相続人、被相続人のどちらが認知症になった場合でも、遺言書を正しく作成しておけば、相続手続きを円滑に進めるための重要な備えとなります。有効な遺言書があれば、遺産分割協議ができなくても、不動産や預貯金の相続手続きができる場合があります。

ここでポイントとなるのが、法的効力が高い遺言書を残すことです。遺言書は、「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」の3種類に分けられます。

「公正証書遺言」は、遺言者が公証役場で証人の立ち会いのもと作成し、公証役場で保管されます。遺言書の不備が起こりにくく、作成時に被相続人に遺言能力があったことも証明しやすいなどのメリットがあります。
 【遺言書の種類】

 

自筆証書遺言

公正証書遺言

秘密証書遺言

作成方法

遺言者が作成

遺言者が口述した遺言内容を公証人が記述

遺言者が作成

証人

不要

2人以上

2人以上

保管場所

遺言者が保管

公証役場で保管

遺言者が保管

メリット

費用がかからず、一人で作成できる

無効になりにくい

遺言内容を知られるリスクが低い

デメリット

不備により無効になる可能性がある

作成時に費用がかかる

不備により無効になる可能性がある

生前贈与を行なう

被相続人となる予定の方が認知症を発症する前であれば、生前贈与が可能です。

贈与税には控除枠が設けられており、その範囲内で不動産や預貯金の財産を贈与することで、相続税の節税対策になります。贈与の場合、毎年110万円までが非課税です。110万円を超える場合は、相続時精算課税または暦年課税のいずれかの方法を選択します。

仮に、法定相続人となる予定の方に認知症の方がいた場合でも、生前贈与を活用することで、ほかの相続人に事前に財産を移転しておくことが可能です。

家族信託を検討する

家族信託とは、財産を有する方が、信頼できる方に自分の財産の管理や処分をする権限を託す契約制度です。家族信託を活用すれば、事前に財産を誰に相続するかを決めておくこともできます。

例えば、親子で信託契約を結べば、親が認知症で判断能力を失った場合でも、子どもが信託財産の管理や処分が可能になります。仮に、父が亡くなり、認知症の母と子どもが相続人となった場合、父子で信託契約を結んでおくことで、積極的な財産運用も可能でしょう。

家族信託は、任意後見制度との併用も可能です。家族の状況や資産に応じて、専門家に相談しながら内容を検討することをおすすめします。

認知症時の相続は専門家へ相談しよう


昨今、相続人や被相続人が認知症を患っていることにより、相続手続きがスムーズに進まないケースが増加しています。

重要なのは、自分や家族が認知症を発症したとしても、スムーズに相続できるよう事前に対策しておくことです。とはいえ、遺言書の作成や生前贈与など、個人での対策が難しい場合も多いでしょう。

 
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将来に備えて保険加入をご検討中の場合は、ぜひご活用ください。

赤上 直紀

元銀行員。住宅ローンを通じて、多くのお客様のライフプランニングに携わる。住宅ローンは人生で一番の買い物と言われているため、慎重に契約すべきだと考える。現在は、編集者として金融機関を中心に、ウェブコンテンツの編集・執筆業務を行う。

資格:1級ファイナンシャル・プランニング技能士

公開日:2023年12月18日

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