認知症の人が損害賠償を請求されたら
責任の所在と対応できる保険


認知症の人を介護するなかで、徘徊などによって事故やトラブルが起こるのではないかと不安に思う方もいるのではないでしょうか。認知症の人が他人に損害を与えた場合、家族が代わりに賠償責任を負わなければならない可能性があります。

このようなリスクに備えるには、賠償責任の所在や実際に損害賠償を請求されたときの対策を知っておくことが大切です。

当記事では、認知症の人が第三者に損害を与えてしまった場合の責任の所在や、被害を受けた第三者から損害賠償を請求された際の経済的負担に備えられる保険について詳しく解説します。

朝日生命では認知症介護などの経済的負担に備えられる介護・認知症保険をご提供しています。
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認知症の人が他人に損害を与えたときの賠償責任

認知症の症状には、記憶障害や理解・判断力障害、実行機能障害などがあります。これらの症状が要因となって現れる周辺症状の一つである「徘徊」が起こると、知らない間に外出して行方不明になったり、事故やトラブルを起こしたりするリスクが上がります。

また、認知症の人が事故やトラブルを起こしてしまうと被害を受けた方から損害賠償を請求される可能性もあるため、誰が賠償責任を負うか等理解しておくことが大切です。認知症の人が他人に損害を与えてしまった場合の賠償責任の所在について解説します。

本人に責任能力がない場合、家族が責任を負う可能性がある

認知症を患っている本人に責任能力がない場合は、本人に代わって家族(監督義務者)が損害賠償責任を負う可能性があります。

基本的に事故などを起こして他人に怪我をさせたり、物を壊したりした場合は民法上の損害賠償責任を負わなくてはなりません。

事故の一例として、次のようなケースがあります。
  • 介護施設で暴れてスタッフやほかの利用者に怪我をさせてしまった
  • 他人の物を壊してしまった
  • 水道の栓を閉め忘れて漏水させてしまった
しかし、認知症の人が事故などを起こした場合は本人に責任能力がなかったとみなされ、本人には損害賠償責任が発生しないとされています。民法では以下のとおり定められています。

精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。
損害賠償責任自体が無くなるということはなく、認知症の方を監督する立場にある家族(監督義務者)などが代わって、損害賠償責任を負わねばならない旨が次条で定められています。

前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。
ただし、家族のどこまでが監督義務者となるかは、認知症の人の生活状況や介護の状況、家族との関係性などから総合的に判断されます。

監督義務を果たしていれば責任を負わないこともある

先述のとおり、認知症の人が他人に損害を与えた際には、本人に代わって家族(監督義務者)が損害賠償責任を負わなくてはなりません。

一方で、家族(監督義務者)が監督責任を十分に果たしていた場合は、損害賠償責任を問われない可能性があります。民法第714条には但し書きとして以下のことが規定されています。

ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
たとえば、認知症の人が一人で車を運転しないよう監督義務者が十分に管理していた場合、交通事故が起きても損害賠償責任に問われない可能性があるのです。

賠償責任を問われた裁判の事例

2007年12月、認知症の男性がJR共和駅(愛知県大府市)の構内に侵入し電車にはねられて亡くなる事故が発生しました。これに対してJR東海は遺族に約720万円の損害賠償を請求し、訴訟に発展しています

一審の名古屋地裁では遺族の妻と息子に対して請求額全額の支払いを命じ、二審の名古屋高裁では息子は監督義務がなく、監督義務のある妻にのみ過失があると認め請求額の半額の支払いを命じます。しかし、最高裁では一転して妻が監督義務者に該当しないとされ、JR東海の請求が棄却される逆転判決となりました。

以下のような理由により、「妻と息子は監督義務者にあたらない」と判断されたことが逆転判決の背景にあります。
  • 妻は当時85歳で要介護1の状態だった
  • 息子は20年以上別居しており、月に3回自宅を訪問する程度だった
この判決は「認知症患者による防ぎきれない事故の賠償責任を、民法上の監督義務者である家族が負う必要はない」とする初めてのものでした。同時に、認知症の人の賠償責任を家族が代わりに負う可能性があることが広く認知されるきっかけにもなりました

認知症の人が損害をあたえたときに備えられる4つの保険

認知症の人が他人に損害を与えた場合、監督義務者である家族が賠償責任を負う可能性があります。ここでは、万が一高額賠償を請求されたときに備えられる保険を4つ紹介します。

自動車保険

認知症の人が交通事故で他人に損害を与えた場合は、自動車保険で対応可能です。任意加入の自動車保険には、「対人賠償責任保険」と「対物賠償責任保険」があります。対人賠償責任保険は、相手を怪我させたり死亡させたりしたときの治療費などを補償する保険です。対物賠償責任保険は、相手の車や物に損害を与えたときの修理費用などを補償します。

車を運転する「記名被保険者」が認知症などにより責任能力がない場合は、家族(監督義務者)も保険の対象です。

ただし、運転手や同乗者の治療費などを補償する人身傷害保険、車の修理費などを補償する車両保険の場合、保険会社によっては認知症の人は保険の対象外になる可能性があります。たとえば「被保険者の疾病または心神喪失によってその本人に生じた損害については補償しない」などと規約に記載がある場合は保険金を受け取れないため注意が必要です。

民間の個人賠償責任保険

自動車事故以外にも、以下のように認知症の人が他人に怪我をさせたり、他人の物を壊したりしたときに家族が賠償責任を負わなくてはならない可能性もあります。
  • お店で購入前の商品を壊してしまった
  • 近所の方の車に傷をつけてしまった
  • あやまって他人と接触して怪我をさせてしまった。
そのようなときには、個人賠償責任保険で賠償の支払いに備えることが可能です。火災保険や自動車保険、傷害保険、共済などに加入している方は、特約として個人賠償責任保険が付帯している可能性があるため、一度確認してみるとよいでしょう。また、クレジットカードの特約として付帯していることもあります。

自治体の個人賠償責任保険

全国各地の自治体では認知症の人による事故に備えて、独自の個人賠償責任保険を導入する事例が増えています。

以下は、自治体独自の個人賠償責任保険の一例です。
 

自治体

補償内容

神奈川県大和市:

はいかい高齢者個人賠償責任保険

・賠償責任保険による補償額:最大3億円

・傷害保険による補償額:死亡・後遺障害を負ったときに最大50万円

・見舞費用補償額:15万円

大阪府豊中市:

認知症個人賠償責任保険

補償額:最大3億円

愛知県名古屋市:

なごや認知症の人おでかけあんしん保険事業

・個人賠償責任保険による補償額:最大2億円

・給付金額:事故の相手が市民で死亡・後遺障害を負ったときに3,000万円

・見舞金額(事故の相手が市民以外で死亡した場合):15万円

費用負担の有無や賠償の対象者、賠償金額は自治体によって異なるため、補償の上限額や補償対象外となるケースについて事前に確認しておくことをおすすめします
詳しい制度内容や手続き方法は、お住まいの自治体のホームページなどで確認できます。

認知症保険

認知症保険で賠償責任に備えることも可能です。認知症保険には介護費や医療費を保障する「治療保障タイプ」と損害賠償責任に備えられる「損害補償タイプ」があります。

損害補償タイプは、認知症の人が起こしたトラブルや事故によって損害賠償責任が発生した際に、必要な賠償金を一定の金額まで補償する保険です。ほかにも、示談交渉や徘徊時の捜索にかかる費用などの補償が受けられるものもあります。

認知症保険を選ぶときのポイント

認知症保険はタイプによって内容や保険金・給付金の受け取り方などに違いがあります。そのため、内容を踏まえたうえで目的を果たせる保険を選ぶことが必要です。ここでは、認知症保険を選ぶときのポイントを紹介します。

「治療保障タイプ」と「損害補償タイプ」

認知症保険は「治療保障タイプ」と「損害補償タイプ」の2つに分けられます。

治療保障タイプは、認知症の人にかかる医療費や介護費をまかなうための保険です。認知症と診断され、保険会社が定める条件に該当した際に一時金や年金を受け取れます。認知症の人が要介護状態になった際の支出に備えられます。

損害補償タイプは、認知症の人が起こしてしまったトラブルの解決にかかる費用を、一定の上限額まで補償する保険です。認知症の人が交通事故などによって他人に被害を与えたときに生じる経済的なリスクに備えられます。

保険金の受け取り方

治療保障タイプの認知症保険は保険金・給付金の受け取り方にも種類があり、一般的には「一時金タイプ」と「年金タイプ」に分けられます

一時金タイプでは、認知症と診断されたときに契約時に定めた金額を一度に受け取れます。認知症の治療費や介護施設の入居費用など、初期費用に備えたい場合に適しているでしょう。

年金タイプでは、老齢年金のように一定期間、あるいは一生涯にわたって年金を受け取ることが可能です。「初期費用は預貯金でまかなえる」「介護が長引いたときの生活費や治療費などに備えたい」という場合に適しています。

保険で認知症の方のトラブルに備えよう


認知症の人が起こした事故やトラブルで被害者から損害賠償を請求された場合、本人に代わって監督義務者および家族が賠償責任を負うことがあります。賠償額は高額になる場合もあるため、保険などで備えておくことが大切です。

認知症保険に加入すると、損害賠償や認知症の治療費・介護費用など、さまざまな経済的負担に対して備えられます。補償内容は商品によって異なるため、保険金の支払い条件や受け取り方などを確認したうえで、目的に合わせて選択しましょう。

 
朝日生命では、認知症などの介護の経済的負担に備えられる介護保険を提供しています。
将来に備えて保険加入をご検討中の場合は、ぜひご活用ください。

CFP 齋藤 彩

急性期総合病院において薬剤師として勤める中、がん患者さんから「治療費が高くてこれ以上治療を継続できない」と相談を受けたことを機にお金の勉強を開始。ひとりの人を健康とお金の両面からサポートすることを目標にファイナンシャルプランナーとなることを決意。現在は個人の相談業務・執筆活動を行っている。

資格:1級ファイナンシャル・プランニング技能士、CFP(Certified Financial Planner)

公開日:2024年11月5日

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