家族信託で認知症リスクに備える
仕組みと利用する際の流れ


認知症は、誰にでも起こり得る症状の一つといえます。もしも認知症を発症した場合、「自分の財産はどうなるのか」「意思判断能力が低下した場合でも財産は適切に扱われるのか」など、不安になる方もいるのではないでしょうか。

このようなリスクを回避する方法として「家族信託」という制度があります。家族信託は、元気なうちに財産管理を家族に託すことで、認知症発症後も柔軟な資産管理が可能になる制度です。

この記事では、家族信託の仕組みや利用するメリット・デメリット、手続きの具体的な流れなどを解説します。

「家族信託」とは?認知症になる前に知っておきたいこと

 
認知症などで要支援・要介護の状態になる人は年々増え、家族の負担も増加しています。
それに対応して家族信託など各種の制度(仕組み)も整備されています。

 

※1厚生労働省「平成22年度 介護保険事業状況報告(年報)」

※2厚生労働省「令和2年度 介護保険事業状況報告(年報)」

※3厚生労働省「令和5年度 介護保険事業状況報告(年報)」より当社推計

家族信託とは、自身の財産の管理や運用を信頼できる家族に託す制度です。

家族信託は、財産を託す人(委託者)、管理する人(受託者)、利益を受ける人(受益者)という三者で構成されます。

信託契約により、財産の管理方法や将来の承継先を柔軟に定めることが可能です。また、委託者が元気なうちに契約しておくことで、認知症などにより判断能力が低下したあとでも、受託者が契約に基づいて財産管理を継続できます。

日本の民法では、財産の所有者本人が意思能力を失った状態で行った法律行為は無効とされており、不動産の売却や資産運用などの契約行為を有効に行うことはできません。
意思能力があるうちに家族信託を活用することで、このような問題を避けられます。

認知症対策として家族信託を利用するメリット

 
財産を所有する方にとって、家族信託は安心かつ便利な制度といえるでしょう。ここでは、家族信託を利用するメリットを紹介します。

認知症を発症しても財産を管理できる

認知症であることを金融機関が把握した場合、本人保護の観点から口座が凍結され、家族であっても預金の引き出しや振り込みが制限されるケースがあります。また、不動産の売却や賃貸契約も、本人の意思確認ができなければ進められません。

しかし、家族信託を利用していれば、受託者である家族が信託契約に基づいて財産の管理や処分を行うことも可能です。

財産管理は成年後見制度を利用することでも可能ですが、法廷後見の場合は家庭裁判所が選任するため、弁護士や司法書士などの第三者が選ばれる場合もあります。

家族信託であれば、あらかじめ信頼できる家族に管理を任せられて、より柔軟かつ実務的な対応が可能です。

財産を把握しやすくなる

家族信託では、契約時に対象となる財産を明確にする必要があるため、どのような資産がどれだけ存在するのかを整理・把握するきっかけになります。

明確な財産情報を家族間で共有できるようになり、管理の透明性が高まることで、将来のトラブル防止にもつながるでしょう。

また、相続が発生した際にも財産の全体像を把握しやすくなり、手続きがスムーズに進みます。

そのほか、管理責任が受託者に集約されることで、複数人での管理による混乱や、責任の所在の不明確化を避けられる点もメリットの一つです。

他者だけでなく自身も受益者に指定できる

家族信託では、委託者自身を受益者に指定できるため、財産の管理は受託者に任せつつ、賃料収入や配当などの利益は引き続き本人が受け取るように設定できます。

受け取った収入は生活費や医療費に充てるなど、認知症発症後の暮らしも見据え、安定した生活基盤の維持に役立てることが可能です。

受託者は信託法に基づき、受益者の利益のために財産を管理・運用する義務を負っています。
そのため、本人の生活を支えることを前提とした資産管理が行われる仕組みとなっており、安心して財産を託すことが可能です。

二次相続以降の資産承継先も指定できる

家族信託の大きな特徴の一つが、一次相続にとどまらず、二次相続以降の財産の承継先まで設計できる点です。

遺言では、基本的に自分の財産の承継先(一次相続)を中心に指定する仕組みですが、家族信託では、「誰に、どの順番で財産を引き継ぐか」をあらかじめ決めておけます。例えば、「配偶者が亡くなったら子へ、子が亡くなったらさらに孫へ」といった形で承継の流れの具体的な設計が可能です。ただし、無制限に継承ができるわけではない点は注意しましょう。

特定の家族に資産を集中させたい場合や、家族関係の事情を考慮したい場合にも有効であり、将来を見据えた柔軟な資産承継が実現できます。

受託者の経済状況の影響を受けずに財産の安全性を確保できる

家族信託では、信託財産と受託者個人の財産を明確に区別して管理(分別管理)されるため、受託者が自己破産した場合でも信託財産は差し押さえの対象にはなりません。

名義上は受託者に財産が移転しますが、あくまで「管理・処分のための名義」であり、実質的な所有とは異なる仕組みです。このように、信託財産を外部のリスクから守る仕組みは「倒産隔離機能」と呼ばれ、家族信託もこの機能を備えています。

万が一受託者に問題が生じた場合でも、信託契約の内容や裁判所の判断により新たな受託者が選任され、信託は継続されます。これにより、長期的に安定した財産管理が可能です。

認知症対策として家族信託を利用するデメリット

さまざまなメリットのある家族信託ですが、利用する前に確認しておきたいデメリットも存在します。

納得のいく信託契約を結ぶためにも、どのようなデメリットがあるのかを理解し、そのうえでご家庭状況に応じた対策を講じることが大切です。

専門家に受託者を依頼することはできない

家族信託を利用する場合、受託者は原則として家族や親族が担うことが前提となっています。

弁護士や司法書士などの専門家は、信託契約の設計や書類作成などを支援することは可能ですが、信託業の許可を得ていない限り、業務として受託者にはなれません。そのため、実際に財産管理を担う人は親族のなかから選ぶ必要があります。

ただし、専門家であっても、自身の家族の信託において個人的に受託者となること自体は禁止されていません。

他の所得と損益通算ができない

家族信託では、税務上の取り扱いにも注意が必要です。不動産を信託した場合、その不動産から生じた損失は、他の所得との損益通算が制限されます。

理由は、租税特別措置法に、信託不動産から出た損失はなかったものとみなされる規定があるためです。
例えば、信託した不動産から赤字が出た場合でも、その損失を給与所得などと相殺することはできません。

ただし、同一の信託契約内に複数の不動産が含まれている場合、その不動産間であれば同一年度内での損益通算が可能です。

信託を活用する際には、このような税務上の取り扱いも踏まえて検討することが重要といえるでしょう。

受託者が長期間拘束される可能性がある

家族信託は長期間にわたって継続するケースが多く、受託者には継続的な管理責任が求められます。

具体的には、財産の管理および運用、帳簿の作成、受益者への報告といった義務が発生するのです。そのため、受託者に選ばれた人には、一定の負担が長期間にわたって生じることになります。

ライフステージの変化などにより、将来的に継続が難しくなる可能性も考えられるため、あらかじめ後任の受託者を定めておくなどの対策を講じておくことが重要です。

家族信託に精通した専門家を見つけるのが難しい

家族信託は比較的新しい制度であり、実務に精通した専門家の数はまだ十分とはいえません。

特に、どのように活用するのが良いかといった制度設計の段階から適切な助言ができる専門家は少ないでしょう。

さらに、家族信託の手続きを不足なく行うためには、一般的な相続や成年後見制度とは異なる高度な知識が必要です。それゆえ、現状では対応できる専門家を見つけるハードルが高いと考えられます。

利用の仕方を誤ると、意図した通りに財産管理や承継を実施できないリスクもあるため注意が必要です。

以上のことから、家族信託を利用する際には、実績のある専門家をきちんと探したうえで、専門家の意見を聞きながら慎重に検討することが望ましいでしょう。

家族信託の手続きを行う際の具体的な流れ

家族信託の手続きは、あらかじめ全体の流れを把握し、事前の準備を適切に行うことでスムーズに進められます。

以下は、家族信託を利用する際に行う手続きの流れです。
  1. 信託の目的・財産・関係者を整理する
  2. 家族間で合意形成を行う
  3. 信託契約書を作成する
  4. 契約書を公正証書化し契約を締結する
  5. 登記・口座開設を行い運用を開始する
1. 信託の目的・財産・関係者を整理する
まず、信託の目的(認知症対策や相続対策など)を明確にし、対象となる財産(預貯金や不動産)、関係者(委託者・受託者・受益者)を整理します。

2. 家族間で合意形成を行う
信託契約を結ぶ際は、信託内容について家族で十分に話し合い、関係者全員の理解と合意を得ることが重要です。事前の丁寧な情報共有が、後々のトラブル回避に貢献するでしょう。

3. 信託契約書を作成する
ご家族の合意が得られてから、信託契約書を作成します。契約書は自力で作成することも可能ですが、財産管理の方法や権限の範囲などを具体的に記載する必要があるため、作業が煩雑になりがちです。

より適切な形式・内容の契約書を作成するためにも、可能であれば司法書士や弁護士などの専門家に確認を依頼するとよいでしょう。

専門家による確認は必須ではありませんが、不備の防止や内容の整理につながり、手続きをスムーズに進めやすくなります。

4. 契約書を公正証書化し契約を締結する
信託契約の際は、公正証書化により契約の有効性や証拠力を高めることが可能です。また、公正証書を作成する過程では公証人による意思確認を受けられるため、後のトラブル防止にも繋がります。

5. 登記・口座開設を行い運用を開始する
不動産がある場合は信託登記を行い、金融機関で信託口口座を開設します。その後は受託者が契約内容に基づいて財産管理を行うなど、家族信託の運用開始となります。

認知症の兆候が現れたら?家族信託に必要な判断能力の判定方法

家族信託は契約という法律行為であることから、本人が内容を理解し、自らの意思で合意できる状態でなければ成立しません。そのため、認知症の兆候が見られる場合には、判断能力があるかどうかを慎重に確認する必要があるでしょう。

ここでは、実務上用いられているおもな判定方法について解説します。

公証人に判定してもらう

家族信託の契約書を公正証書として作成する場合、公証役場の公証人が本人の意思確認を行います。契約内容についての受け答えや理解状況をもとに、意思能力の有無を確認するのです。

公証人法では、当事者に意思能力がないと認められる場合には、公正証書を作成できないと定められています。
なお、公正証書の作成自体は義務ではありませんが、のちのトラブル防止につながる可能性を考慮した場合、作成しておくと安心です。

また、金融機関によっては信託口口座の開設条件として公正証書の提出を求める場合もあり、実務上の重要性は高いといえるでしょう。

司法書士に相談する

家族信託の設計や契約支援では、司法書士が関与するケースが多いでしょう。司法書士は契約前の段階で本人へのヒアリングを行い、意思判断能力の有無や程度を確認します。

契約内容を検討する段階から相談することで、本人の判断能力に応じた適切な設計を提案してもらうことも可能です。

必要に応じて、医師による診断書の取得を勧められる場合もあり、客観的な資料を補完することで契約の安全性を高められます。

専門家が関与することで、契約内容の適法性や実効性を確保しやすくなる点は大きなメリットといえるでしょう。

認知症テストを受ける

意思能力の確認方法として、医療機関で認知機能検査を受けることも有効です。代表的な検査には、長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)のほか、ミニメンタルステート検査(MMSE)などがあり、認知機能の状態を数値として把握できます。

ただし、これらの検査結果はあくまで参考指標であり、ただちに意思能力の有無を決定するものではありません。

実際の契約では、公証人や専門家による総合的な判断が重視されますが、検査結果は補足資料として活用されることがあります。

認知症の兆候がある場合には、こうした客観的なデータを早期に取得しておくことが、円滑な手続きにつながるでしょう。

家族信託が利用できない場合はどうすれば良い?

 
家族信託は、本人に意思判断能力があることを前提とした制度であるため、認知症が進行し判断能力が認められない場合には利用できません。

ここでは、万が一家族信託が利用できない場合はどうすれば良いのか、利用できる制度について解説します。

法定後見制度を利用する

法定後見制度は、本人の意思能力が不十分な場合に家庭裁判所が後見人を選任し、本人の利益を保護する制度です。

選任された後見人は、本人に代わって預貯金の管理や不動産の売却などの法律行為を行えます。

ただし、これらの行為は本人の利益を最優先に考えて行われるため、自由に財産を活用できるわけではありません。


また、後見人には弁護士や司法書士などの専門職が選ばれるケースもあり、家庭裁判所の監督のもとで運用されます。

そのため安全性は高い一方で、制度の利用が継続する限り専門家への報酬が発生する点には注意が必要です。

家族信託と法定後見制度の違い

家族信託と法定後見制度の大きな違いは、利用できるタイミングと柔軟性にあります。

家族信託は本人の意思能力があるうちに契約する必要がありますが、法定後見制度は意思能力が低下したあとでも利用可能です。また、法定後見制度では、財産管理や契約行為などを通じて本人の生活を支える仕組みとなっています。

一方で、家族信託は財産の管理方法や承継先を柔軟に設計できるのに対し、法定後見制度は本人保護を目的としているため運用に一定の制約があることも違いの一つです。

家族信託では家族が主体的に管理を行えますが、法定後見制度では家庭裁判所が後見人を選任するため、家族以外が担当する場合もあります。

なお、「任意後見制度」を利用すれば、意志能力のあるうちに本人が将来の後見人を指定しておくこと、さらに本人や家族の意向を反映することも可能です。

認知症に備えて家族信託を利用する際は早めの準備が重要


認知症による資産凍結を防ぐには、意思能力があるうちに家族信託などの対策を検討することが重要です。

家族信託は柔軟な財産管理が可能なものの、利用には一定の条件があります。万が一に備え、法定後見制度や生命保険の活用も含めて総合的に準備しておくことが、安心へとつながる道です。

 
朝日生命では、認知症などの介護の経済的負担に備えられる介護保険を提供しています。
将来に備えて保険加入をご検討中の場合は、ぜひご活用ください。

CFP 齋藤 彩

急性期総合病院において薬剤師として勤める中、がん患者さんから「治療費が高くてこれ以上治療を継続できない」と相談を受けたことを機にお金の勉強を開始。ひとりの人を健康とお金の両面からサポートすることを目標にファイナンシャルプランナーとなることを決意。現在は個人の相談業務・執筆活動を行っている。

資格:1級ファイナンシャル・プランニング技能士、CFP(Certified Financial Planner)

公開日:2026年5月22日

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