パーソンセンタードケアの理念に基づいて認知症ケアを行うツールとして、「認知症ケアマッピング」があります。ここでは、認知症ケアマッピングの詳細と記録方法について解説します。
認知症ケアマッピング(Dementia Care Mapping/DCM)とは
認知症ケアマッピングとは、認知症の方たちが生活している施設のなかで、その方々がどのような状態か、いかなる行動をしているのかなどを観察・記録し、ケアの品質向上に活用する評価ツールです。6時間以上連続して観察し、5分ごとの記録を行います。
認知症ケアマッピングは、単なる評価法ではなく、認知症ケアの質の向上を目指す目的で開発されたツールです。「認知症の方自身の個性や、どのような人生を歩んできたかに焦点を当てたケアをすべき」というパーソンセンタードケアの思想を実践するために考案されました。
この手法を適切に使うには、専門の講習を受けたうえで「マッパー」と呼ばれる評価者になる必要があります。マッパーは認知症の方の視点に立ち、丁寧に観察・記録・評価を行います。そして、それらの結果を現場スタッフにフィードバックし、「観察・評価・フィードバック・フィードバックからの実践」を繰り返すことで認知症ケアの質の向上を目指します。
認知症ケアマッピングでは、認知症の方の様子を多角的に観察・記録します。記録のおもな観点は、以下の3つです。
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どのように行動しているか
記録は「話す=A」「自分からは何もしない=B」「歩く=K」などのように、行動を23種のアルファベットで表します。
重要なのは、本人の立場・視点で行動の意味をとらえることです。例えば、昔大工をしていた男性が部屋の壁を何か棒状の物で強く叩いている場合、スタッフからは危険行為と思えるかもしれませんが、DCMでは職歴を考慮し「仕事に類する行為=V」として記録します。
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良い状態か、良くない状態か
観察した行動をもとに、その人が今どのような心理状態にあるのかを、6段階の数値(-5>-3>-1>+1>+3>+5)で評価します。これは、感情の豊かさや集中度の高さを軸に判断されます。
【良い状態】自己表現ができる、人に何かをしてあげようとする、楽しんでいる など
【良くない状態】不安がっている、退屈そうにしている、何にも関心がない など
これらの状態も、外部からの印象ではなく、本人の気持ちに基づいて評価します。
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本人とケアスタッフのかかわりはどうか
スタッフとのかかわりが、認知症の方にどのような影響を与えているかを記録します。記録対象は、「本人の価値を高める行為(PE:Positive Event)」と「本人の価値をおとしめる行為(PD:Personal Detraction)」です。
注意すべき点は、スタッフのかかわりを評価するのではなく、あくまでそのスタッフのかかわりが認知症の方へ与えている影響を記録する点です。
パーソンセンタードケアで重要となる5つの心理的ニーズ
認知症の方のケアは、その人がどれだけ安心し、自分らしくいられるかが非常に重要です。その鍵となるのが、「心理的ニーズ」です。心理的に落ち着いていて、良い状態になるために満たしておきたい心理的ニーズは5つあります。これらのニーズは、1つが満たされると他のニーズにも好影響を与えるなど、連鎖的に作用する特徴があります。ここからは、5つの心理的ニーズを詳しく解説します。
「自分はかけがえのない存在である」という感覚は、人が生きるうえで欠かせないものです。認知症ケアでも、この「自分らしさ」を保つことがとても重要です。
認知症になると記憶が薄れていき、過去の自分と今の自分をつなぐ記憶すら断片的になります。そのため、自分が自分であるという感覚が失われやすくなってしまうのです。その人が歩んできた人生や役割、価値観を理解し、会話やかかわりのなかでその人らしさを引き出すことが、このニーズを満たすための鍵となります。
人は誰しも社会や人とつながりを持ち、支え合いながら生きています。認知症の方にとっては特に、人との結び付きや愛着関係が、安心感や安定につながる重要な要素です。認知症が進行すると、新しい情報や人間関係を記憶することが難しくなります。そのため、昔から親しみのある人や物、環境とのかかわりが心のよりどころとなります。
ここでの「Occupation」は「職業」に限らず、自分の力を使って何かを行うこと、役割を果たすことを意味します。認知症の方にも、「自分の力を使って人のために何かをしたい」という気持ちがあります。それを周囲が否定することなく、理解することが大切です。前向きな良い状態であると認識しましょう。
認知症の方も、社会や人とのつながりのなかで生きている一員です。「ともにあること」は、周囲とのかかわりを持ち、集団のなかで認められていると感じられることを指します。
周囲の方が「どうせわからないから」と人の輪から外してしまうと、認知症の方は「無視されている」と感じ、深く傷付く場合もあるので注意が必要です。
認知症の方は認知機能の変化や身体的な衰えにより、不安や不快感を持ちやすい状態になっています。そのため、ケアでは身体的な苦痛はないか、心身ともにリラックスできる環境であるかどうかに気を配ることが大切です。