認知症の治療における音楽療法とは


音楽療法は、音楽を聴いたり楽器を演奏したりすることで心身の機能を維持・改善する方法です。

近年、認知症の治療にも効果が期待されており、病院や介護施設でも積極的に取り入れられています。ただし、音楽療法を行う際には気を付ける点がいくつかあるため、注意が必要です。

本記事では、認知症の概要や治療方法から、音楽療法の効果や注意点まで解説します。

認知症と治療方法

認知症とはなんらかの理由で脳の機能が低下し、記憶力や判断力に影響が及ぶことで日常生活に支障が出ている状態を指します。

認知症の症状は、脳の機能低下によって生じる「中核症状」と、中核症状から二次的に生じる「行動・心理症状(BPSD/周辺症状)」の2つに分類されます。それぞれの具体的な症状は次のとおりです。
  • 中核症状
    お風呂に入ったことを忘れる(記憶障害)、テレビの情報の理解に時間がかかる(理解力・判断力の低下)、今日の日付がわからなくなる(見当識障害)など

  • 行動・心理症状(BPSD/周辺症状)
    幻覚や妄想がある、気分が落ち込む(抑うつ)、目的もなく歩き回る(徘徊)など
認知症になると、できることが減っていくことで不安や焦りが生じるばかりでなく、家族や介護者に迷惑をかけてしまうかもしれません。見守る人がそばにいない場合、徘徊してしまって事故や行方不明につながる可能性もあります。

なお、認知症にはさまざまな治療法があり、「薬物療法」と「非薬物療法」の大きく2つに分類されます。

認知症の治療における音楽療法とは?

音楽療法の概要と認知症の治療における音楽療法を解説します。

音楽療法とは

音楽療法とは、音楽の特性を活かし、健康維持や心身の機能維持・改善を目的としたリハビリテーションです。年齢や病気、障害に関係なく、すべての人が対象となります。

音楽療法自体は古代から存在していましたが、第一次世界大戦後、負傷したアメリカ兵のケアに活用され再評価されました。その後、アメリカをはじめとする海外で広まりました。日本でも、音楽療法士を中心に教育や医療分野で取り入れられています。

認知症の治療における音楽療法

音楽療法は、認知症の治療においても非薬物療法の一つとして活用されています。

音楽を聴いたり歌ったり、楽器を演奏したりすることで、過去の楽しい記憶がよみがえり、リラックスする効果が期待できます。また、音楽を通して脳が活性化されるため、行動・心理症状(BPSD/周辺症状)の治療にも有効な可能性があります。

音楽療法の種類

音楽療法には大きく2つの種類があり、それぞれの特徴を解説します。

受動的音楽療法

CDから流れる音楽や楽器演奏を聴くなど、「受け身で音楽を聴く」ことで参加します。

好きな音楽や懐かしい曲を聴くことで不安や焦りを落ち着かせ、認知症の症状を緩和させます。認知症でうまく体を動かせない人でも取り組みやすい方法です。

能動的音楽療法

楽器を演奏する、歌を歌う、音楽に合わせて踊るなど、「自発的に音楽に携わる」ことで参加します。

老人ホームなどで複数の人と一緒に参加することで、周りの人との一体感も楽しめます。さらに、孤独感も軽減されるなど精神的安定が認知症の症状緩和に効果的です。

認知症治療における音楽療法の4つの効果

認知症の治療法として注目されている音楽療法には、以下のような4つの効果が期待できます。

認知症のBPSD(周辺症状)を改善する

音楽療法は、認知症にともなうBPSD(周辺症状)の症状改善に期待されています。

認知症になると、脳の機能低下により日常的な活動が制限され、不安や焦りが生じることが増えます。その結果、ストレスがたまり、抑うつ状態になることもあるでしょう。

歌ったり音楽を聴いたりする音楽療法には、脳を活性化し、徘徊や暴力、睡眠障害、抑うつ、不安などの行動・心理的な症状を緩和する効果が期待されます。

また、好きな音楽を聴くことでリラックスし、精神的な安定を促し、不安を和らげることもできます。

回想効果が期待できる

音楽は、過去の記憶と結び付きやすいといわれています。

懐かしい音楽を聴くことで過去の出来事を思い出し、気持ちを落ち着かせることができます。これが回想効果と呼ばれるものです。

物事を忘れたり、わからなくなったりすることが増えても、「過去の音楽を思い出せる」という経験は、自信や自尊心を保つことにもつながります。

また、懐かしい記憶がよみがえると、周りの人に思い出話をするなど会話が増える場面もあります。

身体機能を維持できる

音楽療法は身体機能の維持・改善にも有効です。

ダンスや楽器演奏で指先や体を動かすことで、日常生活ではあまり使われない筋肉を刺激します。

特に、歌は口周りの筋肉が鍛えられるので嚥下力が向上して誤嚥を防ぎ、言語機能の低下を抑制します。

認知症の進行により日常生活に支障をきたすようになっても、音楽療法は無理なく取り入れられるため、身体機能の維持・改善に役立つでしょう。

コミュニケーションの機会となる

認知症になると孤独感や不安が増し、コミュニケーションが困難になることがあります。

日常生活でのストレスや自己表現の難しさから、言葉での感情表現が難しくなる場合もあるでしょう。

音楽療法は、大きな声で歌ったり手をたたいたりすることで、感情を表現する機会を提供します。

また、音楽を通じた交流は孤独感を和らげ、社会の一員であることを実感できます。これにより、コミュニケーションが増え、心の壁を取り払えるでしょう。

音楽療法を行うときの4つの注意点

音楽療法は認知症の治療でも活用されますが、いくつか注意点もあります。以下では音楽療法を行う際の注意点を4つ解説します。

聴力に問題がないかを確認する

年齢を重ねると、認知症に関係なく一般的に聴力が低下します。これは加齢による耳の老化がおもな原因です。

聴力が低下すると、音量が小さいと聴き取りにくくなる、高音領域が聞こえにくくなる、本来と異なる音に聞こえるといったことがあります。その結果、好きな音楽でも不快に感じ、楽しめなくなることがあります。

事前に普段のテレビの音量などをチェックして、聴力に問題がないかを確認することが重要です。必要に応じて補聴器を使用するのもよいでしょう。

体力的に無理がないかを確認する

音楽療法を行う際は、体力に配慮する必要があります。

認知症により脳の機能が低下し、疲れやすくなるため、健康な人が負担を感じない何気ない動作でも疲れを感じることがあります。また、注意力が散漫になったり、集中力が続かなかったりすることもあるでしょう。

そのため、長時間の音楽療法は負担になる可能性があります。適度な休憩を挟みながら短時間に留めることが重要です。体力的に無理がないかを確認しながら、リラックスして楽しめるように工夫しましょう。

好みの音楽を取り入れる

音楽の好みや、音楽によって呼び起こされる記憶は人それぞれです。

時代背景や過去の出来事によっては、つらい記憶がよみがえる可能性もあります。リラックスできて、楽しいと感じる音楽を選択することが大切です。

また、複数人で音楽療法を行う場合は、個人レベルで配慮する必要があります。

同じ認知症でも記憶障害の程度や身体機能、音楽の好みや記憶は異なります。個々の状況に合わせて様子を見ながら進めましょう。

周りの人も一緒に楽しむ

音楽療法は、家族や介護者など周りの人が一緒に楽しむことも重要なポイントです。

周りの人の楽しい気持ちは、笑顔や声色から本人にも伝わります。それにより、本人もポジティブな気持ちになり、そのときの楽しさや喜びが心に残ります。一緒に穏やかな時間を過ごせるでしょう。

また、一緒に歌ったり演奏したりすることで一体感を覚え、孤独感の軽減にもつながります。

音楽療法を受けるには?

音楽療法は音楽療法士が中心となって行います。ここでは、音楽療法士について解説しながら音楽療法を受けられる場所も紹介します。

音楽療法士とは

音楽療法士は、音楽療法を行う専門家です。認知症の症状緩和や子どもの発達支援、事故後のリハビリテーションなど、それぞれのニーズや能力に合わせて歌や演奏などのプログラムを作り、音楽療法を行います。

音楽療法士は国家資格ではなく民間資格です。代表的なものには、一般社団法人日本音楽療法学会の「日本音楽療法学会認定音楽療法士」や、全国音楽療法士養成協議会の「音楽療法士(専修、1種、2種)」があります。

これらの資格を取得するには、試験合格や養成課程で必要な単位数を取得するなど、一定の要件を満たす必要があります。

音楽療法が受けられる場所

音楽療法は、子どもから高齢者まで幅広い年齢層を対象に行うため、さまざまな場所で受けられます。例えば、音楽療法士がいる医療機関や老人ホームのような高齢者施設、地域包括支援センター、児童施設などがその例です。

また、音楽療法は個別形式と集団形式があります。医療機関や高齢者施設では集団に対して行われるのが一般的です。音楽療法士の演奏や歌を、みんなで一緒に楽しみながら時間を共有します。

施設へ通うのが難しい寝たきりや体の不自由な人に対しては、音楽療法士が自宅に訪問して音楽療法を行います。ほかにも、オンラインで受講できるサービスなど、個別のニーズに対応している民間企業もありますが、個人形式なので金銭的負担が大きくなりやすい傾向です。サービス内容や料金を事前に確認しましょう。

近年、音楽療法は注目されていますが、音楽療法士の数は不足しています。施設によっては、作業療法士などのほかの職員が音楽を提供する場合もあります。

音楽療法を適切に取り入れ、認知症改善に役立てよう


音楽療法は、音楽を聴いたり歌ったりすることで心身の機能を維持・改善するリハビリテーションです。認知症の治療においても行動・心理症状(BPSD/周辺症状)改善効果や身体機能の維持など、さまざまな効果が期待されており、近年注目を集めています。

しかし、音楽療法を行う際には、聴力や体力の問題などの注意点もあります。工夫しながら音楽療法を適切に取り入れ、認知症の症状改善に役立てるようにしましょう。

 
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別府 拓紀[医師]

産業医科大学医学部卒業。初期臨床研修修了後、大学病院、市中病院、企業の専属産業医などを経て、現在は市中病院で地域の精神科医療に従事している。
資格: 精神保健指定医、精神科専門医、老年精神医学会専門医、認知症サポート医、臨床精神神経薬理学専門医、公認心理師、メンタルヘルス運動指導士、健康スポーツ医、産業医など

公開日:2024年5月31日

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