認知症の方の「物を隠す行動」はなぜ起きる?
背景や対応方法


認知症の方によく見られる症状に、「物を隠す行動」があります。

隠したことを忘れてしまい、「盗られた」と騒ぐこともあり、付き合う家族や介護者が振り回されることも少なくありません。この行動にはどのような理由があり、どう対処したら良いのでしょうか。

認知症の方が物を隠す背景には、中核症状である記憶障害が関係しています。大事な物をなくさないように、という気持ちから起きる行動と考えられ、対応方法を知っておくことで、症状が緩和することもあります。

この記事では、認知症の人の「物を隠す行動」がなぜ起きるかを知り、どのように対応すれば良いかを具体的に解説します。

認知症の方の「物を隠す行動」とは?

まずは、認知症の方が見せる「物を隠す行動」について、原因やご本人が感じていること、隠す行動のターゲットになりやすい物などを解説します。

「物を隠す行動」は記憶障害が根底にある

認知症では、脳の働きが低下することで、記憶障害や理解・判断力の低下などといった認知機能の障害が見られます。

物を隠す行動は、認知症の中核症状である記憶障害が原因となっていると考えられます、

認知症の記憶障害では、新しい記憶から消えていくので、今聞いたこと・今したことから忘れていきます。いわゆる「記憶が途切れた状態」になり、そのうち物をどこかにしまったことも忘れてしまいます。

物を隠すときに認知症の方が感じていること

認知症の方は記憶が途切れていくことで不安になり、大切な物をなくさないようにしようと考えます。その結果、大切な物をしっかり保管しようと思い、新しい場所にしまいなおします。

しかし、ご本人は新しい記憶から消えていってしまうので、しまったこと自体を忘れています。当然、新しい保管場所もわからないので、周囲の方には物を隠しているように見えてしまうのです。

「物を隠す行動」のターゲットになりやすい物

認知症の方の物を隠す行動は、貴重品やなくすと困るものがターゲットになりやすいようです。具体的には、以下のような物が挙げられます。

● 財布、お金、通帳、印鑑、宝石類
● 眼鏡、鍵、携帯電話、薬

このように、本人にとって特別に大切な物が隠す対象となる傾向です。しかし、大切な物だからこそ、しまう(隠す)ことが大きな問題になってしまいます。

これ以外にも、汚れた衣類や下着をしまい込んでしまうケースもあります。これは、排泄を失敗したと知られたくない、ちゃんとしていると思われたい、といった心理が働いていると考えられます。

物盗られ妄想・排泄トラブルとの関連性

認知症の方の「物を隠す行動」を考える場合、物盗られ妄想や排泄トラブルと切り離して考えることはできません。それぞれとの関連性を解説します。

物盗られ妄想との関連性

認知症の方の物を隠す行動は、物盗られ妄想とつながりやすい面があります。

例えば、大切な物をなくさないようにしまい、その後、記憶障害により入れた場所を忘れる、またはしまおうと思っている途中でどこかに置き忘れることで、目の前から大切な物が見えなくなってしまったとします。

ご本人は自分がしまった・なくしたという自覚がないので、「見えなくなった=誰かが盗んだ」という妄想につながりやすくなります。

物盗られ妄想は身近な人に疑いが向きやすく、息子の配偶者(いわゆる「お嫁さん」)や娘、隣の人、家に出入りしている介護職の人などが疑われやすい傾向があります。

排泄トラブルとの関連性

認知症かどうかにかかわらず、高齢になると日常の動作に時間がかかるようになり、尿失禁が起こるケースが増えてきます。

また認知症の方であれば、トイレの場所や使い方がわからないことが増えたり、衣類の着脱に時間がかかる・尿意や便意を感じにくくなるなどの問題も出てきたりします。

このような排泄の問題から衣類を汚してしまった場合、ご本人の自尊心から排泄に失敗したことを家族や他人に知られたくない、という心理が働きます。その結果、汚れた衣類をタンスの中などに隠してため込んでしまうケースも見られます。

「物を隠す行動」どう対応する?

認知症の方による「物を隠す行動」には、記憶障害をベースとして、大切な物をちゃんとしまっておこうという気持ちや、物盗られ妄想・排泄トラブルなども背景にあります。

では、実際に「物が見当たらない」「なくなった」「誰かに盗られたに違いない」と混乱しているシーンでは、どのように対応すれば良いでしょうか。

ここでは、物を隠す行動が見られた場合の対応方法を解説します。

本人と一緒に探す

認知症の方が「物をなくした」「盗られた」と混乱している場面では、まずはそのような訴えに共感するところから始めてください。「○○がなくなったのですか?」「それは大変ですね」などの声かけをしましょう。

そのうえで「私は向こうを探しますので、このあたりを探してもらえますか?」と探す範囲を示しながら、一緒に探すようにしてください。

探している途中で、もしもご本人でなく自分が見つけてしまった場合、すぐに「ありましたよ!」と言ってはいけません。「(見つけた人が)盗んでいたのではないか」との疑いを持ってしまうからです。

自分が見つけた場合は、ご本人が探している場所へ気付かれないように置いてください。置き場所などに工夫をして、必ずご本人が見つけられるようにしましょう。

ご本人が探し物を見つけたら「良かったですね」「これで安心ですね」などと声をかけて喜びを分かち合い、終了します。

あらかじめ隠しやすい場所を把握しておく

物を隠す行動が出始めた最初の頃は、どこを探したら良いか途方に暮れてしまいます。しかし、何度か続くうちに、次第にご本人が隠しやすい定番の場所がわかってくるものです。

財布などを隠しやすい定番の場所としては、以下のようなものがあります。

● タンス
タンスの引き出しの中は、自分にしかわからない場所、という意識があります。洋服の下などに隠す場合もあります。

● 仏壇
大切な物はご先祖様に守ってもらう、という考えから、仏壇の中に隠すケースもあります。例えば、位牌の後ろや仏壇の引き出しの中などが隠し場所となっています。

● 布団や枕の下
自分が寝ている寝具の下なら、寝ている間でも安心、と考えて隠し場所にする場合があります。

● 本棚
本と本の間なども隠し場所としては定番の位置です。

● 米びつ
「お米は大切な主食」という感覚から、米びつの中に入れる場合もあります。

このような場所を参考に、ご本人が隠しやすい場所を把握しておくとよいでしょう。

代替品が用意できるなら予備として持っておく

鍵や眼鏡など、よくなくなる物・よく使う物などで、予備が用意できるものはあらかじめ準備しておくのも一案です。

すぐに見つからない場合でも、落ち着いて対応ができます。

妄想がひどくなった場合は話題を変えて紛らわせる

認知症の方による物を隠す行動の裏には、記憶障害などとともに、不安な気持ちが隠れていることがあります。

例えば、ケアマネージャーの訪問後など、家族以外の第三者の来訪後に、通帳や現金などを「盗られた」と騒ぐケースがあります。この場合、知らない第三者が自宅にあがり込んで、書類を書いたり印鑑を押したりする作業が、混乱したり不安を抱え込んだりする原因になるようです。

このように物盗られ妄想がひどい場合には、楽しい話題などで気を逸らせることも有効です。「おいしそうなおやつを買ってきたよ」「おもしろいテレビはやっているかな」「一緒にりんごでも食べようか」などと、半ば強引に楽しい話題に持っていくのがコツです。

対応時に注意すべきこと

最後に、認知症の方による物を隠す行動への対応にあたって、特に注意したいポイントについてまとめます。

本人を否定したり怒ったりしない

認知症の方が「財布をなくした」「誰かに盗られた」と騒いだとしても、「自分でしまったのではないの?」「またなくして」などと本人を否定しないことが大切です。

認知症の方は新しい記憶から抜けていきますので、自分の行動は思い出せません。そのような状況で「自分でやったのでは?」と言われても思い出せず、混乱するだけです。

けっして怒らずに接するようにし、問い詰めず落ち着いて話を聞くようにしてください。

楽しい話題などで気分を変える

先ほどの「対応法」の部分でも述べたように、無理やりにでも楽しい話題などに持っていき、気分を変えるようにしましょう。笑顔を忘れず、明るい雰囲気でほかの話題に変えて気を紛らわせるようにします。

介護サービスを利用し運動などで発散させる

認知症の方の物を隠す行動や物盗られ妄想が激しい場合、介護者も精神的に追い詰められてしまいます。一時的にその場から離れたり、外出したりする方法があります。

また、デイサービスやショートステイなどの介護サービスを使い、介護者が休めるようにすることも大切です。ご本人もたくさん動いてエネルギーを発散できるので、気が紛らわせます。

隠しやすい場所を減らす

認知症になると注意力も散漫になり、無意識にあちこちに物を置いてしまって部屋が散らかり、余計に探し物が増えてしまう結果となります。ご本人の生活空間を整理整頓し、隠しやすい場所を減らしておくのもおすすめの方法です。

おおらかに接する

認知症の方の隠す物や隠し場所には、ある程度パターンがあるといわれています。そのような場合に「またここに置いている」「また同じ場所に隠している」などといちいち否定的にとらえるのは、家族からしても精神的に辛いものです。

ご本人が隠しやすい場所がわかるようになれば、「また同じ場所に置いているのね」「いつもここに置くならいいか」など、おおらかに考えられるかもしれません。そうすることで、家族や介護者の負担も軽減できる可能性があります。

認知症の方の「物を隠す行動」は本人の気持ちを理解し、 適切に対処しよう


認知症の方の物を隠す行動は、中核症状である記憶障害に、不安感や物盗られ妄想など、いろいろな背景が隠れているものです。

なにより大切な物がなくなった・盗られたかもしれない、などと訴えるご本人の気持ちを理解し、肯定的に受け止めることが大切です。

ご家族や介護者が精神的に追い詰められないよう、介護サービスなども活用しながら、おおらかに見守り、適切に対応するようにしてください。

 
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別府 拓紀[医師]

産業医科大学医学部卒業。初期臨床研修修了後、大学病院、市中病院、企業の専属産業医などを経て、現在は市中病院で地域の精神科医療に従事している。
資格: 精神保健指定医、精神科専門医、老年精神医学会専門医、認知症サポート医、臨床精神神経薬理学専門医、公認心理師、メンタルヘルス運動指導士、健康スポーツ医、産業医など

公開日:2023年10月25日

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