認知症にともなう失行の症状と原因
家庭での正しい対処方法


認知症の方がこれまで自然にできていた動作を突然行えなくなると、介護をしている方は戸惑いや不安を感じてしまうのではないでしょうか。このような症状を「失行」と呼びます。

失行がある方を適切にサポートするには、その具体的な症状や原因、対処方法を知ることが大切です。

本記事では、認知症にともなう失行について理解を深めるために、おもな症状や原因、治療方法、家庭でできる対処方法をわかりやすく紹介します。

「失行」とは?

 
失行は、手足など身体を動かす機能に大きな問題がないにもかかわらず、これまで当たり前にできていた動作ができなくなる状態を指します。日常的に使っていた道具をうまく使えなくなったり、動作の手順を誤ったりするため、周囲の適切なサポートが必要です。

失行と混同しやすい症状に「失認」や「遂行機能障害」「失語」があります。

失認:視力に問題がないにもかかわらず、目の前にある物や状況を正しく理解できない状態です。

遂行(実行)機能障害:一つひとつの動作は可能であっても、順序立てて効率的に進めることができなくなる状態をいいます。

失語:「話す」「聞く」「読む」「書く」といった言語機能に不具合が生じ、言葉によるコミュニケーションが難しくなる状態です。

それぞれの特徴を理解し、適切に区別しましょう。

失行の具体的な症状

失行の症状は日常生活のさまざまな場面に現れます。手足を動かせるのに、これまでできていた動作ができなくなるのが特徴です。現在の状態と照らし合わせ、当てはまる症状がないか確認しましょう。
  • 食事:箸やスプーンの使い方がわからない、おかしな使い方をする
  • 身支度:服の前後や上下がわからない、ボタンを正しくかけられない
  • 家電:テレビのリモコン、電話、電動カミソリなどが使えない
  • その他の日常的な動作:椅子に座ったり立ち上がったりすることができない、水道の水を出したり止めたりできない、洗濯ばさみが使えない
このような症状が見られる場合、失行が起きている可能性があります。年齢による物忘れや不注意と区別が付きにくいケースもあるため、心当たりがあれば早めに医療機関を受診することが大切です。

失行を発症する原因

失行は、日常的な動作を担う脳の特定部位が損傷することで生じる症状です。特に、大脳皮質の前頭葉や頭頂葉に障害が起こると、これまで当たり前にできていた動作が難しくなることがあります。

脳の損傷の原因として挙げられるのは、頭部の外傷や脳卒中、脳腫瘍、認知症などです。これらの病気やけがによって脳の機能が低下すると、動作を適切に行うことができなくなります。

認知症にともなう失行は、頭頂葉やその周辺の神経細胞が損傷することで発症すると考えられています。脳の萎縮が進行し、これらの領域が影響を受けると、食事や着替えといった、これまでできていた日常的な行動に支障をきたすようになるのです。

認知症に見られる失行の種類

認知症に見られる失行にはいくつかの種類があり、それぞれ現れる症状が異なります。具体的な種類として挙げられるのは、観念失行や着衣失行、観念運動失行、肢節運動失行、口腔顔面失行などです。それぞれの特徴を理解することが、失行への適切な対応につながります。

観念失行

観念失行とは、一つ一つの動作ができるにもかかわらず、一連の動作を順番どおりに行えなくなる状態を指します。動作の手順を間違えたり、道具の用途そのものがわからなくなったりするのが特徴です。

具体的な例としては、はさみで紙を切って、その紙を折り、封筒に入れるといった複数の動作をつなげた作業が難しくなります。このように、道具を使った複雑な作業工程を脳が組み立てられなくなり、日常生活のさまざまな場面で支障が生じることがあります。

着衣失行

着衣失行とは、手足が正常に動く状態にもかかわらず、衣服を正しく着用することが困難な状態を指します。衣服と体の関係が把握できず、脱いだり着たりできなくなるのが特徴です。

具体的には、衣服の上下や裏表の区別が付かなかったり、ボタンをかけてもずれてしまったりします。さらに、ファスナーの上げ下げができない、ズボンを頭から被ってしまうなど「服の着用」という一連の行動が行えなくなる場合もあります。

観念運動失行

観念運動失行とは、他人に指示されたり見本を見せられたりしても、同じ動作を再現することが困難になる状態を指します。日常生活のなかでは自然にできている簡単な動作であっても「指示される」と行えなくなることがあります。

具体的には「バイバイをしてください」「敬礼をしてください」「歯磨きのまねをしてください」といわれても、うまくできません。また、見本を見せられて、同じようにまねをするよう求められた場合も同様です。

肢節運動失行

肢節運動失行とは、体に麻痺や障害がないにもかかわらず、手や足などの関節を滑らかに動かす能力が損なわれる症状です。そのため、動作がぎこちなくなり、思いどおりに身体を動かせなくなることがあります。

例えば、自然に歩けなくなる、細かい手作業ができない、ポケットに手を入れようとしても指が引っかかってうまく入れられない、といった症状が見られることがあります。

口腔顔面失行

口腔顔面失行とは、顔や口、舌、喉頭の筋肉を思いどおりに動かすことが困難になる状態です。そのため、日常的な顔や口の動きがぎこちなくなり、コミュニケーションや食事の際に支障をきたすことがあります。

具体的には、話すことが難しくなる、表情が作れなくなる、食べ物をうまく口に入れられずこぼしてしまうことがある、といった症状が見られます。

その他の失行

その他の失行として、目や言葉、空間の認識にかかわる症状が挙げられます。

眼球失行や開眼失行は、眼球を動かしたり、まぶたを開いたりすることが困難になる状態です。目の周りの筋肉がけいれんし、目を開くために手でまぶたを持ち上げる必要が生じる場合もあります。

構成失行は、空間の把握ができず、平面的な図形や立体をうまく作れなくなる障害を指します。積み木を組み立てられない、あるいは図形を描く際に同じ動作を繰り返してしまうといった症状が特徴です。

発語失行は、発音する器官に障害がないにもかかわらず、話をするときに音の歪みや不自然な途切れが生まれるといった症状がみられます。

失行の診断方法と早期発見の重要性

 
失行は初期段階では症状に気付きにくく、発見が遅れるケースが少なくありません。しかし、早期発見と早期対応によって、症状の進行を遅らせられる場合もあります。食事や着替えなどの日常生活で気になる変化が見られたときは、早めに医療機関を受診したほうがよいでしょう。

医療機関では家族への問診を行います。日常生活のなかでできることやできないことを確認し、その後、本人に対して道具を使った動作テストなどを実施するのが一般的な流れです。

失行の疑いがあると見られる場合には、さらに原因を特定するための検査を行います。おもな検査は以下のとおりです。
  • 脳の状態を確認する画像検査(MRI・CT)
  • 標準高次動作性検査(SPTA)
  • ウェスタン総合失語症検査(WAB)
MRIは磁気と電波により脳組織を画像化します。CTはエックス線を用いて頭部の輪切り画像を撮影し、脳内の変化を確認する検査です。

標準高次動作性検査では、検査ツールやチェックリストを用いた、患者の実行能力評価を行います。患者に指示した動作ができるかなどをチェックし、状態を確かめるための検査です。

ウェスタン総合失語症検査では、言語の理解や読み書き、発話など、全般的な言語能力を測定します。

このような専門的な検査を実施して、総合的に失行の診断を行います。

認知症にともなう失行の治療法は?

認知症にともなう失行と診断された場合は、症状に応じた治療や支援を進めることが大切です。適切な対応を続けることで、日常生活への影響を軽減できる場合もあります。ここでは、失行に対して行うおもな治療について解説します。

治療の中心となるのはリハビリテーション

認知症にともなう失行を直接治療する薬や根本的な治療法は、現在のところ確立されていません。そのため、治療の中心となるのはリハビリテーションです。リハビリテーションを行うことで、低下した機能の改善が期待でき、症状が緩和する可能性があります。

リハビリテーションを進めるにあたっては、まずは安全な環境を整えたうえで、周囲が適切にサポートしていくことが欠かせません。また、家族も失行のリハビリテーションについて理解を深め、本人のペースに寄り添いながら一緒に取り組むことが大切です。

リハビリテーションの具体的な実践方法

認知症にともなう失行に対しては、おもに直接的方法、代償的方法、環境調整といったリハビリテーションを行います。
  • 直接的方法
    損なわれた機能に関する動作を繰り返し練習する方法です。例えば、歯ブラシを使って歯を磨く、服のボタンをかけるといった日常的な動作を、介護者が補助しながら一緒に行います。
    どの過程でつまずいているのかを確認ながら、「道具に手を伸ばす」「道具を持つ」というように、必要な動作を細かく分けて練習することがポイントです。

  • 代償的方法
    できない動作について、視覚や聴覚などの手がかりを活用して、実行できるようにサポートする方法です。例えば、歯磨きの手順をイラストや図で示したり、衣服のボタンと通し穴に同じ印を付けたりすることで、動作を行いやすくします。また、色やマークを活用して、道具同士の関係性や使う順番などをわかりやすく示すことも有効です。

  • 環境調整
    本人が混乱しないように、生活環境を整えるアプローチです。使用する道具だけを置き、それ以外の物はあらかじめ片づけておきます。例えば、洗面台の周囲には歯ブラシだけを置くといった工夫をすることで、必要な物が見つけやすくなり、スムーズに動作を行いやすくなります。

家庭内での失行への対処法

 
失行を発症すると、これまでできていたことが難しくなり、思うように動けないもどかしさから、本人が自信や自尊心を失ってしまう場合があります。一方で、周囲の方も対応の難しさにストレスを感じることがあるでしょう。

家庭内ではお互いに無理をしないためにも、本人の意思を尊重しながら、ペースを合わせて補助していくことが大切です。また、日頃からコミュニケーションを重視して、わかりやすく前向きな声かけをしていくことも心がけていきたいポイントです。

動作は一度に多くを求めず、一つずつ分けて手本を見せると理解しやすくなります。必要に応じて優しく手を添えながら補助し、できたことはしっかりとほめるようにしましょう。

さらに、身の回りを見直して安全な環境を整えることも欠かせません。本人が安心して生活できるよう工夫しながら、支えていく姿勢が大切です。できることを少しずつ増やしていけるように、適切なサポートをしましょう。

認知症の失行は周囲の正しい理解が大切|抱え込まずに専門家へ相談を


認知症にともなう失行は、手足を動かす機能に問題がないにもかかわらず、これまで当たり前のようにできていた動作が困難になる症状です。食事や着替え、家電の操作など日常生活全般に影響をおよぼすため、本人だけでなく家族の負担も大きくなることがあります。

失行のさまざまな症状へ適切に対応するには、失行の特徴や原因を正しく理解し、早期発見や早期対応につなげることが大切です。また、リハビリテーションや環境調整、日々の声かけなどによって、生活しやすい環境を整えることも重要となるでしょう。

認知症の失行を無理なく支えるためには、周囲のサポートも欠かせません。介護をする方だけで悩みを抱え込まず、医療機関や専門家に相談しながら対応していきましょう。

 
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菊池 大和[医師]

医療法人ONEきくち総合診療クリニック理事長・院長。地域密着の総合診療かかりつけ医として、内科から整形外科、アレルギー科や心療内科など、ほぼすべての診療科目を扱っている。日本の医療体制や課題についての書籍出版もしており、活動が評価され2024年11月にTIMEアジア版に掲載される。

資格:日本慢性期医療協会総合診療認定医・日本医師会認定健康スポーツ医・認知症サポート医・身体障害者福祉法指定医(呼吸器)・厚生労働省初期臨床研修指導医・神奈川県難病指定医 など

公開日:2026年7月14日

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