認知症になった親の不動産を売却するには?
成年後見制度の活用と注意点


親が認知症になった場合に親名義で所有している不動産を売買できるのか、気になる方もいらっしゃるのではないでしょうか。結論からいうと、認知症で親の意思能力が不十分だと判断された場合、不動産の売買はできません。

しかし、成年後見制度の利用により売買が可能となることもあります。

本記事では、認知症となった場合に起こり得る不動産トラブルや成年後見制度の概要、成年後見制度を活用した不動産売却の流れ、認知症になる前に検討したい選択肢について解説します。

朝日生命では認知症介護などの経済的負担に備えられる介護・認知症保険をご提供しています。
詳しい資料はこちら

認知症になったら不動産を売買できない?

まずは、認知症になった場合に起こり得る不動産トラブルと、不動産の売買可否について解説します。

認知症となった場合に起こり得る不動産トラブル

「介護費用を捻出するために不動産を売却したい」「親を介護しやすいようにバリアフリー住宅に住み替えたい」と考える方もいるかもしれません。しかし、認知症になると、症状の程度によっては意思能力がないと判断され、名義人本人であっても不動産売買が困難になります。

認知症を発症すると、治療や介護施設への入居などで、医療・介護にかかる費用負担が生じます。さらに、デイサービスなどの介護サービスには公的介護保険が適用されますが、1~3割の自己負担が必要です。

そのため、医療・介護費用の備えが不十分だと、費用を工面できずに困ることもあるでしょう。兄弟など相続人が複数人いる場合は、親が亡くなったあとにトラブルにつながることもあります。

認知症になったら不動産の売買はできない

認知症により意思能力が不十分だと判断されると、不動産の売買が難しくなります。

これは、不動産売買が法律行為であり、民法第三条の二にて以下のように定められているためです。

法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。

引用:民法 第三条の二|e-Gov法令検索

また、意思能力が十分にない場合、代理人を立てるための同意確認ができないとみなされます。そのため、子どもが代理で親名義の不動産売買を行うこともできません。

このように、認知症の親名義の不動産は基本的に売買ができませんが、成年後見制度を活用すれば可能となることもあります。

成年後見制度の概要

認知症や精神障害などになると、預貯金や不動産の管理、相続手続きのほか、介護サービスや入院などに関する契約といった法律行為を1人で行えない場合があります。

成年後見制度は、そのような意思能力が不十分とされる人の代わりに成年後見人等が契約を結ぶ、あるいは本人の同意を得て法律行為を行う制度のことです。この制度を利用することで、成年後見人等から難しい手続きについてわかりやすい説明を受けられたり、誤って購入してしまったものの解約をサポートしてもらえたりします。

成年後見制度には、大きく「法定後見制度」と「任意後見制度」の2つがありますが、次項からは法定後見制度について詳しく解説します。

成年後見制度における「法定」後見制度とは?

ここでは、法定後見制度の概要や費用、注意点などについて解説します。

法定後見制度とは

法定後見制度とは、家庭裁判所に選定された成年後見人等が、認知症などで意思能力が十分にないと判断される人の法律行為をサポートする制度です。成年後見人等が被後見人(サポートを受ける人)の利益を考慮しつつ、代理で契約を進めたり、本人が同意せずに契約した不利益な法律行為を取り消したりします。

法定後見制度には、被後見人の意思能力のレベルに応じて「補助」「保佐」「後見」の3種類があり、どれに当たるかは医師の診断などを参考に家庭裁裁判所が決定します。

そして、それぞれの保護者を「補助人」「保佐人」「成年後見人」と呼び、後者であるほど強い権限が付与されます。

成年後見人等には何ができる?

成年後見人等は、具体的に次のようなことが可能です。

認知症の人の代わりに不動産の売買が可能 

重度の認知症で意思能力が不十分だと判断されると、その人が所有する不動産は本人や子どもだとしても売買ができません。しかし、認知症になったあとで介護費用を捻出したい、施設への入所前に不動産を整理したいということもあるでしょう。

そのような場合に成年後見人等であれば、不動産を代わりに売買することが可能です。

不利益な契約を無効化できる

成年後見人等の同意なく、詐欺・悪徳商法などで被後見人が不利益のある契約を結んでしまった場合には、その契約を取り消せます。

ただし、日用品の購入など、日々の生活に関するものは取り消せないため注意が必要です。

どのような人が成年後見人等になれる?

成年後見人等には、弁護士・司法書士・社会福祉士といった法律や福祉に関する専門家だけでなく、福祉関係の法人、親族などの身近な人、研修を受けた地域の人などもなることができます。ただし、未成年者、被後見人への訴訟を起こした人、破産者などはなれません。

また、成年後見人等は1人だけでなく、複数人が選定されることもあります。

法定後見制度を利用するにはいくらかかる?

法定後見制度を利用する場合は、家庭裁判所へ申し立てをする際の費用と、成年後見人等に支払う報酬がおもに生じます。

家庭裁判所へ申し立てをする際には、次のような費用がかかります。
  • 申立手数料:800円
  • 登記手数料:2,600円
  • 送付費用(連絡用の切手代):4,000~5,000円程度
  • 鑑定料(必要に応じて):10万~20万円程度
さらに、手続きや書類作成を弁護士・司法書士などの専門家に依頼する場合は、報酬も別途必要になります。

そして、成年後見人等へ支払う報酬は、被後見人の財産や成年後見人等の事務内容などを考慮したうえで家庭裁判所が決定します。東京家庭裁判所によると、基本報酬は1カ月あたり2万~6万円程度が目安とされています。

参考:成年後見人等の報酬額のめやす|東京家庭裁判所

法定後見制度の注意点

法定後見制度を利用する際には、いくつかの注意点があるため、あらかじめ押さえておきましょう。

成年後見人等は家庭裁判所が決める

法定後見制度の成年後見人等は、家庭裁判所が選ぶものです。申立人の意思では選べないため、成年後見人等に身近な親族を希望しても選ばれないこともあります。さらに、一度成年後見人等が決まった場合には、選定された人に関する不服申し立てができません。

成年後見人等が決まるまでに時間がかかることもあるため、時間に余裕をもって申し立てを行うようにしましょう。

不動産売却が認められないこともある

法定後見制度は、意思能力が不十分だと判断される人の財産管理を目的とした制度です。そのため、正当な理由がない場合には、家庭裁判所から不動産売却の許可を得られないことがあります。

不動産を売却する目的や、売却により被後見人にどのような利益があるのかを明確にすることが重要です。

法定後見制度は途中でやめられない

法定後見制度は、一度開始してしまうと基本的に途中でやめられません。やめるには、医師の診断により症状が回復したことを証明し、家庭裁判所で取り消しを認めてもらう必要があります。

そのため、成年後見人等に弁護士などの専門家が選ばれると、被後見人が亡くなるまで報酬を支払うことになるでしょう。その点も含めて検討が必要です。

生前贈与が難しい

法定後見制度は被後見人の財産保護が目的のため、法定後見制度の利用による生前贈与は基本的に行えません。生前贈与は被後見人の財産を減少させることになるため、相続税対策であったとしても生前贈与は難しいでしょう。

ただし、被後見人の認知症が軽度で意思能力があると判断された場合には、生前贈与ができる可能性があります。生前贈与を検討する場合は、早めに専門家へ相談しましょう。

法定後見制度を活用した不動産売却の流れと必要書類

法定後見制度を利用して不動産を売却するまでの流れと、売却時に必要となる書類を紹介します。

法定後見制度を活用した不動産売却の流れ

法定後見制度を活用して不動産を売却する場合は、次のような流れで行います。

【ステップ1】家庭裁判所に法定後見制度の申し立てを行う

まずは成年後見人等の候補を決めます。その後は必要書類を用意して、家庭裁判所に法定後見制度開始の申し立てを行います。

【ステップ2】家庭裁判所の審理を受ける

申し立てを行うと、家庭裁判所の職員が被後見人や成年後見人等の候補者などへヒアリングし、法定後見制度の利用の可否について審理を行います。

また、被後見人の意思能力を確認するために、医師の鑑定が実施されることもあります。

【ステップ3】成年後見人等が選ばれる

成年後見人等は、家庭裁判所により選定されます。

前述のとおり、成年後見人等には、候補者以外の弁護士・司法書士といった専門家が選ばれることもあります。

なお、申し立てから成年後見人等の選定までには、2カ月程度かかることが一般的です。

【ステップ4】不動産を売り出す

家庭裁判所により選ばれた成年後見人等が不動産会社と媒介契約を結び、不動産を売り出します。

ただし、居住用の不動産を売却する場合は、家庭裁判所に許可を得る必要があります。許可なく不動産を売却した場合は、取引が無効となるため注意しましょう。

居住用の不動産でない場合は家庭裁判所の許可が不要ですが、介護費用の捻出や生活費の確保のように、正当な理由が必要です。理由なく売却ができない点に注意しましょう。

【ステップ5】売買契約を締結する

家庭裁判所の許可を得られたうえで買い主が決まると、成年後見人等が被後見人の代わりに買い主と売買契約を結びます。

【ステップ6】引き渡し

買い主から売却代金を受領して、不動産の引き渡しを行います。売却代金の受領は、一般的に不動産会社や司法書士などが同席して、金融機関で行われます。

不動産売却時に必要な書類

居住用の不動産を売却する際には、次のような書類が必要になります。
  • 申立書
  • 売買契約書(案)
  • 評価証明書
  • 全部事項証明書
  • 不動産会社が作成した査定書
  • 郵送用の切手や収入印紙
  • 被後見人または成年後見人の住民票の写し、もしくは戸籍附票(住所に変更がある場合のみ)
このほかに追加で書類が必要となることもあるため、事前に家庭裁判所へ確認しておくと安心です。

認知症になる前に検討したいこと

不動産の売却について、認知症で意思能力が低下したあとでは選択肢が限られてしまいますが、意思能力がある状態であれば、法定後見制度の利用以外にも選択肢があります。認知症になる前に検討したい選択肢を3つ紹介します。

生前贈与

親名義の不動産を生前贈与で子どもに贈与すれば、所有権が移るので子どもの任意のタイミングで売却が可能となります。

ただし、生前贈与では贈与税や登録免許税、不動産取得税などの税金がかかります。また、相続人が複数人いる場合は、1人に生前贈与することでほかの相続人とのトラブルが生じる可能性もあるため、ほかの相続人への配慮も必要になります。

任意後見制度

将来、認知症や障害などで意思能力が不十分になったときに備え、任意後見人や任意後見人に依頼したいことを事前に決めておく制度のことです。

法定後見制度とは異なり、任意後見制度では誰に任意後見人になってもらいたいのか、どのようなサポートをしてもらいたいのかを事前に自分で決められます。

任意後見制度を利用するには、公証役場において公正証書で任意後見契約を結び、意思能力が低下した際に家庭裁判所で手続きを行う必要があります。

家族信託

家族信託は、不動産を含む財産の管理・運用を家族に任せる制度のことです。

家族信託では、親名義の不動産を売却する際に、法定後見制度のように家庭裁判所の許可を得る必要がありません。親が認知症になっても資産を動かせるため、将来に備えて利用する人は増加しているようです。

ただし、家族信託では公正証書の作成や不動産の変更登記が必要になります。弁護士などの専門家に手続きを依頼した場合はさらに費用が発生することを把握しておきましょう。

不動産売買を検討する場合は認知症になる前の対策が重要


親が認知症になり、介護や施設入居などでまとまった資金が必要となることもあるでしょう。資金を捻出するために不動産を売却したいと思っても、認知症で意思能力が不十分だと判断されると、親名義の不動産売買を親自身や子どもが行うことは困難です。

その場合には、成年後見制度の利用により、不動産売却が可能になることがあります。ただし、一度開始したら基本は途中でやめられない、誰を成年後見人等にするかの希望が通らない、生前贈与が難しいなどの注意点もあるため、制度の利用は慎重に検討しましょう。

また、認知症になってからでは選択肢が限られてしまうため、不動産の売買を考えている場合は認知症になる前に対策を検討するのも一案です。生前贈与や任意後見制度、家族信託といった選択肢も含め、どのような方法をとるか早めに考えておくとよいでしょう。

 
朝日生命では、認知症などの介護の経済的負担に備えられる介護保険を提供しています。
将来に備えて保険加入をご検討中の場合は、ぜひご活用ください。

CFP 齋藤 彩

急性期総合病院において薬剤師として勤める中、がん患者さんから「治療費が高くてこれ以上治療を継続できない」と相談を受けたことを機にお金の勉強を開始。ひとりの人を健康とお金の両面からサポートすることを目標にファイナンシャルプランナーとなることを決意。現在は個人の相談業務・執筆活動を行っている。

資格:1級ファイナンシャル・プランニング技能士、CFP(Certified Financial Planner)

公開日:2024年6月4日

介護について知る

介護を予防する

介護について考える

公的制度・支援サービス

介護の費用

介護が始まったら

認知症について知る

認知症とは

認知症の予防

もの忘れ・認知症の専門家の
特別コンテンツ

生活習慣病について知る

生活習慣病とは

生活習慣病の予防

老後の備え方

年代別アドバイス