幻視は、認知症の中でも「レビー小体型認知症」の特徴的な症状です。レビー小体型認知症は、レビー小体と呼ばれるタンパク質がたまることで、脳細胞に異常をきたして生じた認知症です。また、視覚や空間認知を司る部位へのレビー小体の蓄積によって、幻視を生じていると考えられています。
幻視はレビー小体型認知症に限らず、アルツハイマー型認知症や血管性認知症でも起こる場合があります。アルツハイマー型認知症は、タウタンパクやアミロイドBと呼ばれる異常タンパク質によって生じます。血管性認知症は、脳梗塞や脳出血などの脳血管障害によって生じる認知症です。どちらもレビー小体型認知症と比べると、幻視の出現割合は低いですが、障害部位によっては幻視を生じるため注意しなければなりません。
幻視が起こると実際には存在しないはずの人や動物、物が見えます。レビー小体型認知症の幻視では、これらがよりリアルに見えることが特徴です。
「人に関する幻視症状」
● 泥棒が自分の財布を盗んだ
● 夫婦が会話している
● 包丁を持った人が襲ってくる
● 自分の息子や娘がいる
「動物に関する幻視症状」
● 虫が湧いていて身体を登ってくる
● 猫が床で寝ている
● ネズミが天井で走っている
具体的なシチュエーションで見えてしまうため、幻視が起こると認知症者は不安から興奮したり混乱したりします。親しい家族が見えた場合は、見えた人に対して話しかけることがあります。
薬を使わない治療には、運動療法と心理的な治療があります。つまり、適度な運動を取り入れ、ストレスを取り除く治療です。運動は週5回、合計150分の有酸素運動が推奨されています。しかし、活動に対する意欲が低下していたり体力が低下していたりする認知症者が、いきなり行うのは大変です。はじめのうちは「一緒に外出して日光を浴びる」といったものから行うとよいです。日光浴は本人の気分転換にもなるため、ぜひ実践してみてください。
また、ストレスに対しては日々のコミュニケーションが大切になります。認知症者は自身の抱えるストレスや悩みを伝えるのが苦手です。介護者側から積極的にコミュニケーションを取り、どのようなストレスや悩みを抱えているかを聞きましょう。根本的な解決にならなくとも、コミュニケーションを取るだけでもストレスの軽減につながります。
幻視が特徴的な症状であるレビー小体型認知症に対して、「コリンエステラーゼ阻害薬」や「ドネペジル」といった薬剤を投与します。コリンエステラーゼ阻害薬は、神経間で情報を伝える物質であるアセチルコリンを作ったり放出したりする「コリン神経系」に作用し、アセチルコリンが分解されないようにする薬です。認知症による幻視は、コリン神経系に障害が生じていることも1つの原因として考えられているため、治療に用いられています。
また、ドネペジルはアルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症の進行を抑える薬です。アセチルコリンを増やして、神経の活動を高める効果があります。
このように、どちらも「アセチルコリン」に対して効果が得られる薬を治療に使っています。
認知症によって幻視を生じた方への対応方法を解説します。認知症の方への対応方法を間違えてしまうと、本人のストレスにつながりかねません。適切な対応方法について学んでいきましょう。
最も大切なのは幻視による本人の発言を「否定しない」ことです。幻視に関わらず、認知症の方全般に共通している対応方法です。幻視は周囲から見えませんが、本人にとっては実際に見えているため「体験している事実」です。それを否定されるとどのように感じるでしょうか。自尊心を傷つけられ、負の感情が生まれてしまいます。
幻視の症状が見られた場合は、本人の話や気持ちを傾聴して受け入れる行動を取りましょう。認知症者は、自身の気持ちや考えを伝えるのが困難になっているため、相手のペースに合わせるのがポイントです。質問をしながらゆっくりと相手の気持ちを引き出すとよいでしょう。
住環境を整える理由は、リスクを回避するためです。幻視を生じるとさまざまな行動が考えられます。例えば、「泥棒」が見えた場合、本人は恐怖を感じるでしょう。必然的に、人は恐怖を感じると逃げる本能が働きます。身体機能に問題のない認知症の方であれば、自宅内を突然と動き回る可能性があります。その際に床にたくさんの物が置いてあれば、転倒するリスクが高くなり、病気やケガにつながる場合があるのです。高齢者の病気やケガは寝たきり状態に陥る原因となりやすいため、住宅環境は必ず整えておきましょう。
具体的には次のような対策が挙げられます。
● 階段から転落するリスクを回避するために、2階にあった本人の部屋を1階に移す(2階の使用もできないようにしておく)
● 床には物を置かないようにする
● テーブルや椅子などの角をクッションで覆う
● 毛の長いマットなどは使用せず、歩きやすい環境に整える
本人の身体機能や状態に合わせて、住環境の整備を検討しましょう。
幻視への対応で困ったときは医師に相談してみるとよいです。幻視が生じたことを記録しておき、医師に伝えることで具体的なアドバイスが得られます。「何時頃に」「どのような状況で」「幻視症状が現れた時どのような様子だったか」「どんな発言が見られたか」をできるだけ正確かつ細かく記録しておきましょう。もし、記録するのが面倒に感じる場合は「スマートフォン」で動画を撮影しておく方法があります。動画での記録の方が医師に伝わるため、本人やご自身が問題なければ有効な手段です。
また、幻視は認知症による脳の障害で起こっている場合だけでなく、薬の副作用で生じている可能性があります。医師に相談して、内服している薬や服用量を見直してもらいましょう。自己判断で内服を止めたり量を調整するのは危険ですので、必ず医師に相談してください。