認知症の妄想はなぜ起こる?妄想の原因と種類・妄想が出現したときの対処法


認知症の周辺症状の一つに「妄想」があります。認知症の妄想はなぜ起こり、認知症の妄想にはどのような種類があるのでしょうか。

妄想は、認知症による認知機能の低下に加え、不安感や孤独感などさまざまな感情が原因となって生じます。妄想には物盗られ妄想や見捨てられ妄想などの種類があり、種類に合わせて適切な対応をとることで症状が和らぐ可能性があります。

今回は、認知症による妄想の概要や種類、症状があらわれたときの対処法を解説します。自身が認知症になったときや、自身の家族など身近な方が認知症になったときのために、妄想の概要と対処法を知っておきましょう。

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「妄想」は認知症でみられる症状の一つ

認知機能が脳の障害や病気によって低下し、もの忘れなどの症状が発生して生活に支障をきたす状態を「認知症」と呼びます。高齢化が進む日本では、2012年の時点で65歳以上のおよそ7人に1人が認知症になっているといわれており、現在ではさらに増えていると考えられるでしょう。
認知症はその原因となる病気により、アルツハイマー型認知症・脳血管性認知症・レビー小体型認知症・前頭側頭型認知症などの種類に分けられます。原因となる病気が違えば症状も変わり、症状への対処法も変わります。

認知症の諸症状に対応するには、まずは原因となる病気の種類を知ることが大切だといえるでしょう。

そして、認知症の症状の一つであるのが「妄想」です。

認知症で発生する症状は、神経細胞機能の低下により起こる中核症状と、中核症状や生活環境等によって引き起こされる周辺症状に分けられます。妄想は認知症の周辺症状にあたり、物盗られ妄想、見捨てられ妄想、被害妄想などさまざまな種類があります。

妄想が発生する原因には、認知症の症状による苦しみや不安、疎外感などがあると考えられています。妄想の種類や原因を知って対処すれば、症状が和らぐ可能性が高まるため、どのような症状が妄想にあたるのか知っておくことが大切です。

認知症で起こる妄想の種類

認知症により発生する妄想には、物盗られ妄想・見捨てられ妄想・被害妄想・迫害妄想・嫉妬妄想などの種類があります。それぞれの妄想の発生原因や、妄想による周囲への影響を解説します。

物盗られ妄想

物盗られ妄想は、記憶障害や自分の機能低下を認めたくないという不安感が原因となって、発生しやすくなる症状です。自身が置き忘れたりしまい忘れたりした事実を認めたくないという感情から、妄想が発生する場合もあります。

物盗られ妄想では「○○に財布を盗まれた」「○○に鍵を盗られた」「車の鍵を誰かに隠されてしまった」と、お金や宝石、家の鍵などの財産を盗まれたという妄想が生まれやすくなります。

また物盗られ妄想では、介護者やヘルパーなど、認知症患者の身近にいる人が物を盗ったと訴えられるケースが多いのが特徴です。

見捨てられ妄想

見捨てられ妄想は、日常生活で介護者を頼るようになり、周りに迷惑をかけているという負い目から発症しやすくなる妄想です。自分は邪魔な存在だという思い込みから、見捨てられてしまったという妄想が生まれてしまいます。

見捨てられ妄想は発症頻度が高く、放置すると人と接しなくなっていき、症状がさらに悪化する場合もあるとされています。また、自宅介護よりも施設介護の場合のほうが症状の発出頻度が高く、家族に見捨てられたから施設に預けられていると思い込むこともあります。

被害妄想

被害妄想では、「○○に悪口を言われている」「○○に暴力を振るわれている」など、誰かに直接攻撃されているように思い込む妄想です。認知症によって認知機能が低下し、周囲の状況認識ができないことで症状が発生します。

被害妄想が発生してしまうと、周囲の人を信用できなくなり、人と触れ合う機会が減ってしまうことがあります。コミュニケーション不足はさらなる症状の悪化を招きかねないため、症状が深刻化する前に対処が必要です。

また、被害妄想はその妄想の内容から、対人関係のトラブルに発展してしまう場合もあります。周囲の人やケアマネジャーなどと協力しながら、症状に対応していく必要があるでしょう。

迫害妄想

迫害妄想は「○○に狙われている」「○○から虐待を受けている」といった思い込みがみられる症状です。身近な人だけでなく、見知らぬ人から攻撃されていると訴えるケースもあります。

妄想の内容から虐待を疑われる可能性もあるため、迫害妄想の症状があらわれたら、ケアマネジャーなどにも状況を共有しておくことが大切です。

嫉妬妄想

嫉妬妄想は、人から必要とされていないと思い込むことにより、発症しやすくなります。妄想の内容が非現実的であるにもかかわらず、描写が細かいのが嫉妬妄想の特徴です。

嫉妬妄想では配偶者が妄想の対象となる場合が多く、「○○が浮気している」「○○が外で誰かと会っている」などといった思い込みがみられます。妄想の内容が詳細なため、認知症の症状を知らない第三者の混乱を招き、誤解を与えてしまうこともあるでしょう。

認知症による妄想への対処の基本

妄想だからといって認知症の方の言動を否定してしまうと、症状が悪化したり誰にでも伝えようとしたりすることがあります。

妄想がある認知症の方へは、どのように対処すればよいのでしょうか。
妄想がある方への対処法には、「否定しない」「共感する」「周囲と協力し距離をとる」が挙げられます。対処法を知ったうえで、冷静に認知症の方と向き合いましょう。

否定しない

「○○に狙われている」「○○が私の大切なものを盗んだ」など、妄想のなかには非現実的なものも多く含まれるでしょう。だからといって、そんなことが起こるはずがないと否定してはいけません。

どれだけ非現実的なことでも、認知症患者にとっては妄想の内容が真実です。妄想を否定されると、悲しさや怒りといった感情が増え、妄想が悪化する可能性もあります。症状が悪化してしまうと、身近な人以外にも妄想の内容を訴えるようになるかもしれません。

認知症の方と対話するときは、妄想の内容を否定せず、じっくりと耳を傾けて不安感や孤独感を和らげるように心がけましょう。

また、妄想の内容をすべて肯定することも避けましょう。妄想を肯定してしまうことで、さらに妄想が生じる場合があります。そのため、ただ否定せず、相手の話を聞くことを心がけてください。

共感する

「大変ですね」「困りましたね」などと相づちを打って共感を示すと、安心感を与えられたり信頼が生まれたりします。そのため、どのような妄想であったとしても、まずは一度共感する姿勢を示しましょう。それにより、妄想を和らげられる可能性があります。

また、妄想が出た背景にも目を向け、患者本人の気持ちに寄り添うことも大切です。認知症の方の言動から、どのような本音を抱えているのかが考えられるでしょう。

妄想は、介護者の言動が引き金となって発生する場合もあります。介護者は日頃の言動に注意を払いつつ、認知症の方と信頼関係を築けるよう努めましょう。

周囲と協力し距離をとる

迫害妄想や物盗られ妄想など、介護者が妄想の被害に遭っている場合、介護者の精神的負担はとても大きくなります。否定せず共感しようと思っても、妄想被害を直接受けていると、認知症の方の症状を受け入れられず苛立ってしまうこともあるでしょう。結果的に、介護によるストレスで介護者が心身に不調をきたすことになりかねません。

介護によりストレスをためないためにも、介護は一人で行なわず、周囲の人と協力して行なうことが大切です。ほかの人に介護を変わってもらったり、介護施設などを利用して物理的に距離をとったりと、介護者がリフレッシュできる環境を整えましょう。

このほかに、ケアマネジャーや地域包括支援センターなど、介護のプロに相談したり、サポートを求めたりするのもおすすめです。

認知症の原因となっている病気の種類によっては、服薬による症状の改善も見込めます。医療機関とも連携しながら、介護者が介護しやすくなるように工夫していきましょう。

【種類別】認知症の妄想への対処法

前述の3つの基本的な対処法に加えて、妄想の種類別に対処法を解説します。種類に合わせた対応をとり、妄想の改善につなげましょう。

物盗られ妄想への対処法

物盗られ妄想がある場合、事実を否定も肯定もせず、感情に寄り添って対応することが大切です。誰に何を盗られたのか、認知症の方が話す内容を受け止め、共感しながら妄想が発生した背景を考えていきましょう。

そして妄想の内容をもとに、なくなったものを一緒に探したり、本人が自力で見つけられる場所に置き直したりしてください。なくなったものを自分で発見できれば、認知症の方が安心でき、生活するうえでの自信もつきます。

物盗られ妄想では、なくなったものを認知症の方本人に見つけてもらうことが大切です。なくなったものを認知症の方以外が見つけて指摘してしまうと、新たな妄想に発展するおそれがあります。認知症の方に見つけてもらえるよう工夫しましょう。

見捨てられ妄想への対処法

見捨てられ妄想は自信の喪失が原因であることが多いため、自信を取り戻せるよう促すことが大切です。日頃からコミュニケーションを密にしていき、得意なことや簡単な作業を頼んで感謝を伝え、達成感を得られるようにしましょう。

自信や達成感が生まれれば、妄想を和らげられる可能性があります。認知症の方の好きなことや得意なことを把握し、生活に楽しみを見つけてもらえるようにしましょう。

被害妄想・迫害妄想への対処法

被害妄想や迫害妄想の症状がある場合は、妄想によるトラブルを防ぐため、まずは第三者にも症状のことを共有しておくことが大切です。情報を共有していないと、虐待を疑われてしまいかねません。

被害妄想や迫害妄想は、認知症の方からの暴言や暴力をともなう場合もあります。周囲と連携して適度な距離をおき、介護者がストレスを抱え込まないようにしましょう。また、言動をメモしてかかりつけ医に相談するのもおすすめです。

被害妄想・迫害妄想へ対処する際に注意しなければならないのが、認知症の方の訴える被害が事実である場合です。介護者が見ていないところで被害を受けている可能性もあるため、すべて妄想だと決めつけず、訴える内容をよく聞いて事実確認を行ないましょう。

嫉妬妄想への対処法

嫉妬妄想では、妄想の内容に合わせた対処が必要です。妄想の内容から、誰のどのような行動に対して不安を抱えているのかを考え、対処していきましょう。

例えば、配偶者が浮気していると感じているなら、配偶者とかかわる時間を増やし、一緒に出かけるなどして配偶者に大切にされていることを実感してもらいます。日頃から丁寧に接することで安心感が生まれ、焦燥感や寂しさを和らげられるでしょう。

自分に自信を持ってもらうために、家庭内での役割を持ってもらうのもおすすめです。家族や大切な人に必要とされている実感を持ってもらえるよう、認知症の方ができることを探してみてください。

要介護者の気持ちに寄り添って介護しよう


妄想は、認知症の症状の一つです。妄想には、物盗られ妄想や見捨てられ妄想などのいくつかの種類があり、それぞれ症状の発生原因や対処法が異なります。

妄想がある方への対処法は、「否定しない・共感する・周囲と協力して距離をとる」の3つが基本です。妄想の種類別の対処法をふまえて対応し、症状が改善されるように日頃から工夫していきましょう。

 
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別府 拓紀[医師]

産業医科大学医学部卒業。初期臨床研修修了後、大学病院、市中病院、企業の専属産業医などを経て、現在は市中病院で地域の精神科医療に従事している。
資格: 精神保健指定医、精神科専門医、老年精神医学会専門医、認知症サポート医、臨床精神神経薬理学専門医、公認心理師、メンタルヘルス運動指導士、健康スポーツ医、産業医など

公開日:2023年10月2日

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