認知症について知る

認知症による帰宅願望はなぜ起こる?
原因や家族ができる対応策


認知症の方が、自宅にいるにも関わらず「家に帰りたい」と言ったり、実際に荷物をまとめて帰ろうとしたりすることがあります。このような場合、家族や周囲の人はどのように対応すればよいでしょうか。

家に帰りたいと訴える「帰宅願望」は認知症の方によく見られる症状の一つで、おもに不安が原因になっているといわれています。基本的な対応としては、本人の気持ちを否定せず寄り添うようにし、理由を聞いたり、環境を見直したりするのがおすすめです。

この記事では、認知症による帰宅願望の原因を取り上げながら、具体的な対応方法を整理し、実際に改善した事例を紹介します。

認知症による帰宅願望とは?

「帰宅願望」は認知症の方によく見られる症状の一つです。介護施設に入居した方が「家に帰りたい」というケースもあれば、自宅にいるにもかかわらず「帰りたい」と訴えるケースもあります。

「帰りたい」と思う場所は自分の家だけではなく、場合によっては故郷や実家を指したり、兄弟の家や家族などの親しい人そのものを意味したりすることもあります。

「帰宅願望」に接すると介護者は戸惑ってしまうこともあるでしょう。しかし対応に困ることがあったとしても、居心地の良い場所に帰りたいと思うことは当然の感情で、帰宅願望自体が問題行動というわけではありません。

まずは「帰りたい」という気持ちを理解し、原因・理由を考えて適切に接することが大切です。

認知症による帰宅願望の3つの原因

認知症の「帰宅願望」にはさまざまな原因が考えられますが、根底にあるのは「不安」といわれています。ここでは不安から帰宅願望に結びつきやすいおもな原因を3つ解説します。

記憶障害や見当識障害の影響

認知症の方には、おもな症状として記憶障害や見当識障害が現れます。このような症状により、自分がどこにいるか認識できない・周囲の人の顔に見覚えがない・時間がわからない、など自分が置かれている状況が理解できなくなります。

もしも自分が見慣れない場所や知らない人に囲まれて、一人でいると想像してみてください。不安から、慣れた自宅や家族のもとに行きたいと感じても不思議ではないでしょう。

このように、認知症の中心的な症状が原因となって不安やストレス・孤独を感じ、慣れ親しんだ家や家族のところに帰りたいという「帰宅願望」が引き起こされます。

環境や人間関係の影響

施設に入居するなど、環境の変化がある場合も要注意です。

認知症の方は、居心地の良い落ち着ける場所がない・周囲の人と合わない・周りとうまくかかわれない、などと感じることが不安やストレスになり、帰宅願望につながります。

また、施設内で居室が変更になった・自宅で模様替えをした、などの場合でも、「自分の家に帰りたい」という言動が出る場合があります。

周囲の人が慌ただしく動き回るのを見ただけで気持ちが不安定になり、帰宅願望につながるケースもあるので、単に「居場所」の問題だけでなく環境全体の雰囲気も関係していると考えられます。

夕暮れ症候群の影響

認知症の方で、外が薄暗くなる夕方になると、そわそわして落ち着かなくなることがありますが、これを「夕暮れ症候群」と呼びます。

外が薄暗くなってくると不安を感じる認知症の方は多いものです。夕方は職場や学校から帰宅する時間帯なので、昔の記憶がよみがえり、「帰宅しなければ」「夕飯の支度をしなければ」「子供のお迎えに行かなければ」などという気持ちから、徘徊が見られる場合もあります。

認知症による帰宅願望への声がけや対応方法7選

ここからは、帰宅願望が現れた認知症の方にどのような声がけ・対応をすればよいか、7つのポイントを紹介します。

気持ちに寄り添いつつ話題をそらす

帰宅願望が出た方に、「家には帰れませんよ」「ここにいてください」などと直接的に言うと、より不安が高まったり混乱して怒らせてしまったりします。家に帰りたいという気持ちを頭から否定せず、「お家に帰りたいのですか?」などと、ご本人の気持ちに寄り添った声がけ・対応をしましょう。

対応をしながらまったく別の話題を出して気持ちをそらすなどの工夫も有効です。

理由を聞いて不安を解消する

帰宅願望を訴える場合は、なにか理由があることも多いものです。「どこに帰りたいのですか?」「大切なご用事でもありますか?」などとじっくり理由を聞く姿勢を持ちながら、背景にある原因を探ってみることも大切です。

例えば「仕事が終わったから帰る」という方には「本当にお疲れさまです。こちらでお茶でも飲んで休んでいってください」などとねぎらうこともよいでしょう。「家族の夕飯を作る」「戸締りが心配」などの訴えには、「今日は息子さんがしてくれるので、大丈夫ですよ」などと帰宅願望の理由に沿った声がけをして、心配な気持ちを和らげるようにするのがおすすめです。

「今日はもう暗いので泊まっていってくださいね」「泊まる部屋もありますよ」という声がけで安心するケースもあります。

責めたり叱ったりしない

帰宅願望を持っている方に対して、否定的な言葉をかける・責める・叱るなどの対応は避けるべきです。特に認知症の方の場合は、否定されたことで混乱がひどくなり、不穏な状態になることがあります。

例えば「仕事が終わったから家に帰る」という方に、「仕事なんかしていないでしょう?」「家には帰りませんよ」などの声がけをすると、不安が増幅されてますます落ち着かない状態になるでしょう。

常に共感し、話をじっくり聞くことで、認知症の方の尊厳やプライドを傷つけないよう心がけてください。

嘘をついたり無視したりしない

帰宅願望を訴えてきた際に、適当な嘘をついてごまかしたり無視したりすると、認知症の方はいっそう不安を募らせる結果となります。

認知症の進行具合と状況によっては、上手な嘘が通用するケースもあるかもしれません。しかし、帰宅願望の背景には環境や周囲への不安が隠れているものです。対応する人のあからさまな嘘や無視するような態度は、信頼関係の構築を妨げるため、ご本人の帰宅願望の解消にもつながりません。

丁寧に対応することで、認知症の方が安心できるようなサポートを心がけるようにしましょう。

環境を見直す

認知症の方が居心地の良い環境を整えることは、帰宅願望の改善に大切です。

家族写真や大切にしている置物・家具・好きな本・趣味の道具など、なじみが深いものをご本人の部屋に置くことは、落ち着く空間づくりに役立ちます。

また、大勢の人がいる施設などでは、食堂の椅子を窓の方向に向けることで、他人の目を気にせずにくつろげるようになります。座席に名前を掲示して定位置をつくることもよいでしょう。

不快な光や騒音が部屋にないかを確認することもおすすめです。高齢の方では、テレビ電源の赤いランプや空調の音を不快に感じる場合があります。電源はもとから消すようにするなど、部屋が落ち着く場所になるよう、工夫してみましょう。

役割を持たせてあげる

認知症の方も、もともとは社会や家庭のなかで役割がありました。施設や家庭でやることがなく落ち着かない場合は、なにか役割を持ってもらうことも一案です。

例えば「洗濯物をたたむのを手伝ってもらえませんか?」と手伝いを頼んだり、「得意な手芸をほかの方に教えてあげてもらえませんか?」と得意なことを頼んだりすることは、ご本人の意欲・居場所つくりにつながります。

家族や介護スタッフ間で情報を共有する

認知症ご本人の性格や、得意なもの・不得意なものなどの情報は、なによりもご家族がよくわかっています。ご本人と会う際には、自信を持っているものなどの情報を引き出すようにし、介護スタッフにも理解してもらうようにしてみましょう。

ご本人を中心に、家族と介護する人との間で情報を共有すれば、かかわる人全体で一貫性のある対応ができます。それによりご本人の居心地の良さや安心感にもつながります。

認知症による帰宅願望が改善した2つの事例

最後に、認知症による帰宅願望が改善した具体的な事例を2つ紹介しましょう。

事例① 役割を持ってもらう

施設内で生活していた認知症のあるA氏(女性)は、見当識障害による不安や、やることがなく手持ち無沙汰なことから帰宅願望が見られました。

そこで施設内のデイサービス立ち上げにともない、A氏も認知症を持つメンバー5人のうちの一人に加わることに。食事の準備や食器洗い、掃除などの役割を生活リハビリの一環として担当してもらうことにしました。

デイサービス参加により意欲的になり、デイサービス修了後も機嫌の良いときに掃除やタオルたたみなどを依頼。役割を持ち安心して過ごせるようにすることで、ケアの目的であった帰宅願望が改善しました。

事例② 利用者同士の交流をうながす

Hさんは、入所当初から、夕方から夜間にかけて帰宅願望などのBPSDが顕著に現れ、周囲の説明にも納得せず、大声を出したり、息子さんを捜したりの行動がみられた。

<目的>

Hさんの現状や行動についてカンファレンスで検討し、問題点を明確にした。カンファレンスの結果、Hさんは生活環境の変化を認知できず、混乱を生じ、不安定な状態や興奮などを伴うBPSDに結びついていると考えた。そこで、不安を軽減し安定した療養生活を送るために、他の利用者や職員とのつながりを意識してもらえるケア方法を検討した。

<手段・方法>

  1. Hさんの食事席の隣に、話好きでユーモアのあるYさんを誘導し、交流できるように配慮する
  2. 不安要素を取り除くため、丁寧に声かけ・傾聴し見守る
  3. エプロンたたみや、レクリェーション、作業等の参加を促す
  4. 園芸活動に参加し、植物に触れ、植物を通して他の利用者との会話の場を提供する

<結果>

日中、食堂でHさんと職員が会話している際、食事席が隣のYさんも会話に加わるようになり、YさんはHさんへの励ましの言葉をかけたり、寒いからと上着の着用を手伝ったり、食事時は摂取するように声かけをするなど、優しく気遣うようになり、ま るで老老夫婦が助けあうようだった。Yさんの心遣いや安心感のある雰囲気から二人の間に信頼関係が成立し、笑顔で会話することが増えた。また、夕方になると、不安な表情や行動が落ち着かなくなり、息子さんを捜す行動が見られたときは、職員が傾聴を行い、必要時は自宅へ電話し、家人の声を聞くことで落ち着いた。エプロンたたみは、最初はじっと座っているだけだったが、他者がたたんでいる行動を眺めたり、職員が一緒にたたんでいるのをみて、数日後にはエプロンたたみを自ら「たたむから貸して」と自発的に協力するようになった。園芸活動にも参加してもらい、最初は無表情だったが参加するにつれ「土に触るのは久しぶりやわ」と喜び、他の利用者と協力し、植物栽培を楽しむようになった。
このように、ほかの利用者との交流をきっかけに落ち着きを取り戻し、帰宅願望の改善だけでなく、意欲的な生活の回復につながった事例もあります。

認知症による帰宅願望は、気持ちに寄り添い不安を解消することが大切


認知症の方が「家に帰りたい」と訴える帰宅願望は、認知症の影響や環境・人間関係の要因、夕暮れ症候群などさまざまな原因が考えられますが、根底にあるのは不安感の高まりや居場所のなさ・居心地の悪さです。

したがって、ご本人の気持ちを否定せず、真摯に寄り添う姿勢がなによりも大切です。認知症の方の不安感を少しでも解消していくことで、帰宅願望の改善につなげてみましょう。

 
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別府 拓紀[医師]

産業医科大学医学部卒業。初期臨床研修修了後、大学病院、市中病院、企業の専属産業医などを経て、現在は市中病院で地域の精神科医療に従事している。
資格: 精神保健指定医、精神科専門医、老年精神医学会専門医、認知症サポート医、臨床精神神経薬理学専門医、公認心理師、メンタルヘルス運動指導士、健康スポーツ医、産業医など

公開日:2024年2月28日

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