認知症と判断能力
自分の意思を大切にするために今知っておきたいこと


認知症になると、「もう何も判断できなくなる」と不安に感じる方も多いのではないでしょうか。しかし、判断能力がすぐに失われてしまうわけではありません。認知症と診断されても、軽度であればできることはたくさんあります。

この記事では、「判断能力」・「意思能力」と認知症との関係や、認知機能検査の種類や評価方法、判断能力が大きく低下する前に行っておきたい老後の対策などについて詳しく解説します。

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「判断能力」・「意思能力」と認知症の関係

 
「判断能力」と「意思能力」は似た言葉ですが、法律や医療の現場では異なる意味を持ちます。ここでは、それぞれの定義と、認知症の進行によってこれらがどのように変化するのかを解説します。

判断能力と意思能力の意味

まずは、それぞれの意味を整理しましょう。
  • 判断能力
    より広範な概念で「意思能力」も含まれます。状況を理解し、選択・判断する能力で、日常生活全般における意思決定や行動の適切性を指します。

  • 意思能力
    特定の法律行為を理解し、遂行する能力です。有効な契約や法律行為をするために必要な能力であり、意思能力を欠いた状態で行った契約は無効となる可能性があります。

「判断能力」と「意思能力」という言葉は、法律行為では明確に区別する必要がありますが、日常的には厳密に区別されずに用いられることも多くあります。状況に応じて適切に使い分けられると望ましいでしょう。

認知症によってどのように変化するか

認知症の中核症状である「記憶力」や「理解力」の低下が、徐々に判断能力(意思能力)にも影響がおよびます。

認知症の初期段階では、金銭管理や複雑な契約の理解が難しくなる一方、日常の簡単な判断能力は保たれています。

中期以降になると、物事の因果関係や時間の把握が困難となり、正確な判断や理解をすることが難しくなります。

認知症の進行にともない判断能力(意思能力)は変化します。そのため、「現在、どの程度の判断能力があるか」を丁寧に確認することが非常に重要です。

判断能力を確認するための検査と評価方法

判断能力を確認するための代表的な認知機能検査には、「長谷川式認知症スケール(HDS-R)」と「MMSE(ミニメンタルステート検査)」があります。

以下では、それぞれの検査の評価方法や検査結果がどのように活用されているかを解説します。

代表的な認知機能検査

まずは、代表的な認知機能検査の概要を紹介します。
  • 長谷川式認知症スケール(HDS-R)
    日本で広く採用されている認知機能検査で、短時間で実施可能かつ信頼性が高いことが特徴です。質問は9項目で構成され、30点満点です。得点が低いほど認知機能の低下が疑われます。

  • MMSE(ミニメンタルステート検査)
    国際的に広く用いられる認知機能検査です。時間や場所の把握、計算、短期記憶、図形の模写など、多角的に脳の働きを評価することで認知機能の状態を把握できます。こちらも30点満点で、得点が低いほど認知機能の低下が疑われます。なお、実施と測定は医師の判断が必要です。

以下の記事では、「長谷川式認知症スケール」や「MMSE」についてより詳しく解説していますので、併せてご覧ください。

検査結果がどのように制度利用に活かされるか

前項で紹介した認知機能検査は、単に「認知症かどうか」を判断するためだけでなく、「現在、どの程度の判断能力が保たれているか」を確認するためにも重要です。

例えば、要介護認定で主治医が作成する「主治医意見書」には、心身の状態を総合的に評価する判断材料の一つとして、認知機能検査の結果が記載されます。

また、成年後見制度を利用する際にも、契約行為などに必要な意思能力の有無を確認するための重要な資料として活用されます。

判断能力の低下を感じ不安に思う場合は、早めに検査を受けることをおすすめします。検査結果を適切に活用することで、自分の状態に適した支援制度を早く利用できるようになり、自分らしい生活を守る一助となるでしょう。

判断能力・意思能力が低下するとできなくなること

認知症が進行し判断能力(意思能力)が低下すると、医療・介護に関する同意、財産管理や契約行為などを本人では行えなくなることがあります。

例えば、介護サービスの利用契約や施設への入所契約、医療に関する同意などは、本人の意思に基づいて行うことが原則です。そのため、判断能力(意思能力)の保持が求められます。

また、預貯金の管理や引き出し、不動産の売買、遺言の作成などにも意思能力があることが前提です。本人の意思能力が失われた状態で行った契約や行為は、無効と判断される場合があるため注意しましょう。

判断能力(意思能力)が低下すると、できなくなることは多岐にわたります。判断能力が保たれているうちに、家族や専門家と話し合い、必要な準備を進めておくことが重要です。

意思能力があるうちに行っておきたい老後の対策

 
ここからは、安心して老後を迎えるために、意思能力が保たれているうちに準備しておきたい具体的な対策を紹介します。
  • 任意後見制度
    意思能力があるうちに、将来に備えて、財産管理や生活支援をお願いする人を選任できる制度です。公証役場で契約を結び、本人の判断能力が失われた時点で効力が発生します。

  • 遺言書の作成
    遺言書は法律行為にあたるため、意思能力がある状態でなければ有効になりません。財産の分け方などを明確にしておくことで、家族間のトラブルを防ぎ、自らの希望を形にできます。

  • 家族信託の活用
    家族に財産管理を託す仕組みで、後見制度より柔軟に対応できる点が特徴です。認知症になる前から財産の管理や運用を任せられるため、万一のときもスムーズな対応ができます。

  • 財産管理契約
    財産の管理を第三者に委任する契約です。任意後見の効力が発生する前から財産管理のサポートを受けられます。

  • 医療・介護の希望をまとめる
    希望する介護や治療の方針を記録しておく「事前指示書」や「エンディングノート」を作成しておくと安心です。本人の意思がはっきりしているうちに整理しておくことで、ご家族が判断に迷わず対応できるようになります。

  • 死後事務委任契約
    本人の死後に発生する事務手続きを第三者に委任する契約です。葬儀の準備や役所への届け出、遺品整理などを円滑に進めるために有用です。

判断能力を支える制度とサポートを知っておこう

判断能力が低下した場合でも、生活や意思決定を支えてくれる制度やサポートがあります。ここでは、代表的な2つの制度を紹介します。
  • 成年後見制度
    「まだ判断能力が十分にある方が将来に備える場合」「すでに判断能力が低下している方が利用する場合」のどちらにも対応しています。この制度は、家庭裁判所が選任した後見人などが、財産管理や法律行為、日常生活の支援などを行い、本人の生活を支えます。

  • 日常生活自立支援事業
    判断能力に不安がある方を対象に、専門員が福祉サービスの利用手続き、契約手続き、日常的な金銭管理などを支援する制度です。利用を希望する場合は、お住まいの地域の社会福祉協議会に相談しましょう。

将来の不安を減らし、安心して暮らすためにも、上記の制度やサポートを早めに知っておくことが大切です。家族とも情報を共有し、理解を深めておきましょう。

判断能力を保つために日常生活でできること

 
普段の生活のなかでも、判断能力の低下を予防するための工夫ができます。

まずは、生活習慣を整えましょう。バランスの取れた食事や適度な運動など、基本的な生活リズムの維持は、脳と心の健康を守るうえで欠かせません。こうした習慣づくりが、判断能力を保つための第一歩です。

人とのつながりを大切にすることも重要です。地域活動や趣味を通じて人とかかわることは、脳の活性化や気持ちの安定につながります。社会とのつながりを持ち続けることが、日々の活力や生きがいにもなるでしょう。

判断能力・意思能力があるうちに備えることが、本人と家族の安心につながる


認知症になると徐々に記憶力や理解力が低下し、判断能力(意思能力)にも影響がおよぶとされています。意思能力が失われたと判断された場合、契約などの法律行為が無効となり、本人の意思では手続きが行えなくなることがあるため注意しましょう。

例えば、医療・介護サービスの契約や遺言書の作成などは、本人の判断能力があるうちに行っておく必要があります。

利用できる制度やサポートについても理解し、今できる準備を進めておくことが大切です。意思能力があるうちに将来の「もしも」に備えましょう。

 
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菊池 大和[医師]

医療法人ONEきくち総合診療クリニック理事長・院長。地域密着の総合診療かかりつけ医として、内科から整形外科、アレルギー科や心療内科など、ほぼすべての診療科目を扱っている。日本の医療体制や課題についての書籍出版もしており、活動が評価され2024年11月にTIMEアジア版に掲載される。

資格:日本慢性期医療協会総合診療認定医・日本医師会認定健康スポーツ医・認知症サポート医・身体障害者福祉法指定医(呼吸器)・厚生労働省初期臨床研修指導医・神奈川県難病指定医 など

公開日:2025年12月12日

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