認知症の方が大事な人から忘れていく理由と
身近な家族の対処法


認知症の方が、大事な家族などの顔や名前、存在まで忘れてしまうことがあります。

配偶者や子どもなど、身近で大事な人のことから忘れていくので、周囲の方がそのような状況に大変ショックを受けるのは無理もありません。なぜ認知症の方は、大事な人から忘れてしまうのでしょうか。

この症状は認知症の記憶障害がベースにあり、新しい記憶から消えていくことに由来すると考えられています。したがって、直近で一緒に過ごしていた大事な人から忘れる症状に結び付くようです。

この記事では、認知症の方が大事な人から忘れていく理由と背景、忘れられた周辺の方がどのように対処すれば良いかを解説します。

認知症になった親や配偶者から「どなたですか」といわれるショック

認知症の方は、家族など大事な人から忘れてしまうことがあります。

例えば、認知症の方の症状が進んで施設に入居したあと、配偶者や息子、娘が面会に行くと「どなたですか」といわれてしまうことがあります。

また、認知症の方は家族のことがわからなくなるだけでなく、自分の息子を亡くなった弟と間違えたり、「息子の○○ですよ」と話しかけると「息子は死んだ」といわれたりするなど、事実とは異なる認識をすることもあります。

実の父親や母親、夫や妻に自分のことがわかってもらえないことは、家族にとって受け入れがたいものです。忘れられた家族のなかには、仕事が手に付かないほどのショックを受ける方もいます。しかし、悲しみや恐怖を感じること自体は、家族としてあたりまえの反応でしょう。

では、なぜ認知症の方は、家族などの大事な人ほど忘れてしまうのでしょうか。

なぜ認知症の方は大事な人から忘れるのか

認知症の方が大事な人から忘れていく症状には、認知症の記憶障害が関係しています。

認知症の方は新しい記憶から消えていく

人間の記憶は、「視覚や聴覚などの五感から得た情報(記銘)」や「覚えたことの維持(保持)」「必要なことを思い出す(想起)」という過程によって成り立ちます。そして、記憶は時間や内容によって「短期記憶」「長期記憶」などのいくつかの種類に分けられます。

認知症の記憶障害では、新しい記憶である「短期記憶」から順に忘れていき、その後「長期記憶」やそのほかの記憶にも影響が出るといわれており、まず直近の情報を維持できなかったり思い出せなくなったりするのです。

なお、認知症の方が忘れていく記憶の順番の詳細については、のちほど解説します。

今いる家族の記憶は最新の記憶

認知症の方の記憶障害では、新しいものから忘れていくため、現在ご本人を取り巻いている事柄の記憶から一番に失われていきます。今一緒に過ごしている家族の記憶は最新の記憶といえますので、最初に忘れてしまうのでしょう。

なお、認知症では記憶障害と同時に、時間感覚や方向感覚・人間関係を正しく認識する能力が低下する「見当識障害」も見られます。見当識障害も、家族の記憶を忘れてしまう原因の一つで、症状が進行すると、家族の顔や名前、関係性を正しく認識することが難しくなってしまうのです。

認知症に見られる身近な人を認識できなくなる4つの具体例

ここでは、認知症の方が大事な人を認識できなくなるときに見られる、具体的な症状を紹介します。

家族を忘れる

施設や病院にいる認知症の方に会いに行くと、家族のことを忘れていることがあります。顔を見ても誰だかピンときていなかったり、家族だと認識できていなかったりするのです。

しばらく一緒にいると思い出して、家族だと認識できる場合もありますが、面会した直後の「忘れていた状態」のことは忘れてしまい、ずっと一緒にいたかのようにふるまいます。

そのほか、他人である介護職員を、自分の兄弟姉妹などと誤認してしまうケースもあります。

配偶者を忘れる

配偶者を目の前にして、自分には夫・妻はいない、結婚などしていないと言い張ることがあります。また、若い頃の記憶に戻っているのか、成人した自分の子どもや孫を配偶者と思い込むケースもあります。

子どもを忘れる

認知症の方に息子や娘が「お母さん」と呼びかけ、自分の名前を名乗っても「誰ですか?」とわかってもらえないことがあります。なかには「私に子どもはいない」「○○(子どもの名前)は死んだ」などといわれることもあるようです。

身近な人が亡くなったことを忘れる

認知症の方の親や兄弟姉妹などで、すでに他界している家族が「亡くなっている」ということを忘れていることがあります。よく見られるのは、配偶者を他界した自分の親と認識するケースです。歳を重ねた風貌などから親を思い出し、誤認すると考えられます。

同様に、自分の子どもや孫を、亡くなっている兄弟姉妹と間違えるケースも見られます。

認知症の方が忘れていく記憶の順番

ここからは、人間の記憶の分類と、認知症によって障害が起こる(忘れていく)記憶の順番、その原因について解説します。

なお、認知症にはさまざまなタイプがあり、ここで取り上げているのは、高齢者の認知症で最も一般的な原因疾患であるアルツハイマー病の記憶障害についてです。

時間による記憶の分類

人間の記憶は、何らかの刺激や情報を得てから思い出すまでの「時間」と、刺激や情報の「内容」によって分類されます。

まず、時間による記憶の分類には以下の3つがあります。

即時記憶

刺激や情報を受け取ってから数秒後に再生する記憶です。聞いた言葉をそのまま言い返す「オウム返し」は即時記憶に該当します。

近時記憶

刺激や情報を、数分から数日程度脳内に貯蔵して再生する記憶です。例えば、次のような記憶が挙げられます。
  • 朝ごはんを食べたかどうか
  • 朝ごはんに食べたもの
  • 財布や鍵、リモコンなどを置いた場所
  • 昨日の天気や出来事
  • ついさっきまでやっていたこと
  • 5分前に会った人のことや話した内容 など

遠隔記憶

刺激や情報を、数日から年単位で脳内に貯蔵して再生する記憶です。例えば、次のような記憶が挙げられます。
  • 卒業した学校の名前
  • 結婚したかどうか
  • 子どもがいるかどうか
  • 数年前にした旅行の思い出
  • どのような仕事をしていたか
  • 家族や親戚が亡くなったこと など

内容による記憶の分類

内容による記憶の分類には、以下の3つがあります。

エピソード記憶

内容に時間や場所を含む、いわゆる「出来事」としての記憶を指します。例えば「昨日隣の家に救急車が来た」「去年夫婦で○○に温泉旅行に行った」などの記憶が該当し、個人的な体験の記憶ともいえます。

なお、エピソード記憶には、時間による記憶の分類である近時記憶や遠隔記憶が多く含まれています。

意味記憶

物事の意味に関する記憶で、いわゆる「知識」に関係した記憶のことです。例えば「りんご」と聞いたときに、その大きさや色、果物であることなどを覚えていることが意味記憶といえます。

そのほか、次のような記憶が意味記憶に該当します。
  • 日本には四季(春夏秋冬)がある
  • 季節は春・夏・秋・冬の順に来る
  • 日本の首都は東京である など

手続き記憶

泳ぎ方や自転車の乗り方など、身体で覚えた技術に関する記憶が該当し、ほかにも以下に挙げるようなものが含まれます。
  • 楽器の演奏
  • 車の運転
  • タイピング
  • 着替えの方法
  • けん玉 など

認知症では近時記憶から順に忘れる

アルツハイマー型認知症では、近時記憶から順に障害が起こります。

認知症では、脳の神経細胞が衰えたり壊れたりして物忘れにつながります。なかでも初期のアルツハイマー病の場合、記憶を担う脳の「海馬」という部分に障害が起きます。

「海馬」にはさまざまな働きがあり、その一つが新しい記憶を取り込む働きです。その働きが障害されることで、近時記憶を保つことが難しくなります。

時間による記憶の分類では、まず近時記憶の障害が起こり、病気の進行とともに遠隔記憶や即時記憶にも影響が出るのです。

内容による記憶の分類では、まず近時記憶が多く含まれるエピソード記憶で障害が起こり、その後、意味記憶や手続き記憶にも影響が出ます。ただし、認知症になっても、けん玉ができたりピアノが弾けたりするケースがあるように、エピソード記憶と比較すると、意味記憶や手続き記憶は比較的保たれやすいようです。

忘れられたらどうしたら良い?周囲の人の対処法6選

認知症の方が身近な大事な人を忘れてしまったら、周囲の人はどう接したら良いか混乱してしまうでしょう。ここでは、家族など周囲の人ができる対処法を6つ紹介します。

追い詰めない

施設などに面会に行った際に「私のこと誰だかわかる?」と聞くのは控えましょう。「覚えている?」などの問いかけをすると、本人は追い詰められているような気持ちになってしまいます。また、テストされているような気分から馬鹿にされていると思い、ストレスを感じることもあるでしょう。

面会の際には、「こんにちは、○○だよ」と先に名乗るようにするのがおすすめです。

記憶違いを訂正しない

物忘れが進んでいくと、周りの方からは「朝ごはんは何を食べた?」「昨日何をしたの?」などの確認の問いかけが増えます。また、本人が違うことを言うと、周りの方は訂正したくなるものです。

しかし、繰り返し聞かれたり訂正されたりすると、本人は不安になったり自信をなくしたりします。記憶違いや思い違いをむりやり訂正せず、こちらの都合に合わせないことが大切です。

相手の時間軸を認める

認知症の方は近時記憶の障害により、過去の記憶の世界にいることがあります。例えば、自分の年齢を実年齢より若いと思い込んでいたり、バリバリ働いていた頃や子育てをしていた時代に記憶が戻っていたりするケースです。

このような場合も否定せず、本人が生きている時間軸を尊重しましょう。

感情の記憶を大切にする

認知症の方が家族の顔や名前、関係性を忘れてしまっても、感情の記憶まで失われたわけではありません。家族と会うことで、いつもと違うやわらかい表情を見せてくれたり、家族の記憶を失った親に子どもが「大好き」と伝えると、同じように返してくれたりするエピソードもあります。

愛情を伝えるコミュニケーションを心がける

愛情や優しさが伝わるような、声かけやふれあいを心がけてみましょう。ボディタッチができる場合は、手を握ったり背中や肩をさすったりすることで安心感が生まれ、自分と特別なつながりのある相手だと思い出してくれるかもしれません。

忘れられる覚悟をしておく

認知症の進行とともに、記憶障害の範囲は広がっていくため、大事な人たちの記憶が完全になくなる日が訪れる可能性もあります。

「いつかは完全に忘れられてしまう日がくる」という現実的な覚悟をしておきながら、日々のふれあいを大切にしましょう。

忘れられてしまっても認知症の方の生きる世界を尊重しよう


認知症の方が忘れていく記憶には、時間や内容によって順番があります。しかし、家族の顔や名前、関係性を忘れてしまったとしても、人としての交流や愛情の交換は可能です。

家族の立場では戸惑うことも多いですが、認知症の方が生きる時間軸や世界を尊重し、温かく接するようにしましょう。

 
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別府 拓紀[医師]

産業医科大学医学部卒業。初期臨床研修修了後、大学病院、市中病院、企業の専属産業医などを経て、現在は市中病院で地域の精神科医療に従事している。
資格: 精神保健指定医、精神科専門医、老年精神医学会専門医、認知症サポート医、臨床精神神経薬理学専門医、公認心理師、メンタルヘルス運動指導士、健康スポーツ医、産業医など

公開日:2024年1月26日

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