認知症にともなう心理面・行動面での症状は、「認知症の行動・心理症状(BPSD)」に分類されます。認知症の行動・心理症状の特徴は、見られる症状が幅広く様々であるという点でしょう。これは、どのような症状が起きるかが、認知症の原因や本人の性質・性格・周囲の環境などによって異なるためです。以下は、認知症の行動・心理症状に該当する具体的な症状の一例です。
【暴言や暴力】
感情のコントロールが難しくなり怒りや衝動を抑制できずに起こる
【不安やうつ】
認知症によりできないことが増え、自信喪失し気分が落ち込みやすくなることから起こる
【徘徊】
見当識障害の影響も重なり、不安から外出し歩き回ってしまう、あるいは外出した目的を忘れてしまい帰れなくなってしまう
【睡眠障害】
認知症によって体内時計が狂うなどといった影響により、寝つきが悪くなる、朝早く目が覚めてしまう
【幻覚や妄想】
認知機能の低下により、何もないところに人や物が見えたり、事実とは異なることを事実であると思い込んだりする
現在、認知症の根本的な治療は難しいとされています。ただし、認知機能低下をきたすために認知症と間違われやすい疾患が紛れている可能性があり、これらの疾患は治療の効果が期待できます。
ここからは、治療が期待できる認知症に似た疾患と治療が難しい認知症について、それぞれの種類や特徴を解説します。
認知症と間違われやすい疾患は、正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫などの治療の可能性がある脳器質性疾患の他に、甲状腺機能低下症といった内分泌疾患、ビタミンB1欠乏症、ビタミンB12欠乏症、葉酸欠乏症などの欠乏性疾患などが該当します。
加えて、自己免疫疾患や呼吸器・肝臓・腎臓の疾患、神経感染症、処方薬の薬剤による影響で認知症のような症状が発現する場合があります。
これらの症状は、手術や不足物質の体内への補充などで治療および症状の改善することがあります。処方薬の影響が疑われる場合は、まずかかりつけ医へ相談しましょう。
アルツハイマー型認知症や前頭側頭型認知症、レビー小体型認知症などの変性性認知症については、まだ根本的な治療法が確立されていないのが現状です。これらの認知症は「変性疾患」に分類されます。特徴としては、脳の細胞・組織が変性し続けることが原因で、症状が進行する点です。
これらの疾患の根本的な治療方法は現在確立されていないため、薬などによって症状の進行を抑制することが治療の目標となります。
認知症の治療法は、おもに「薬物療法」「非薬物療法」「手術」の3つに分けられます。ここでは、それぞれの治療法について解説します。
薬物療法は、中核症状の進行を抑えるための「抗認知症薬」と、行動・心理症状の軽減のために処方される「向精神薬」(抗うつ薬、抗精神病薬、抗不安薬、睡眠薬など)が代表的です。
抗認知症薬は「認知機能改善薬」とも呼ばれ、おもにコリンエステラーゼ阻害薬やNMDA受容体拮抗剤などが該当します。これらの薬は、根本的な治療が難しい認知症の進行を抑える効果が期待できるのが特徴です。
例えば、コリンエステラーゼ阻害薬は、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症における中核症状の進行抑制に用いられます。アセチルコリンとは脳内での記憶保持や集中、覚醒といった作用を担う神経伝達物質です。コリンエステラーゼ阻害薬は、このアセチルコリンがコリンエステラーゼという酵素により分解されるのを抑制し、情報伝達をスムーズにするとされています。
NMDA受容体拮抗剤の場合は、脳内の興奮性の神経伝達物質である「グルタミン酸」の作用を弱める効果があります。これによって過剰な興奮による脳神経の損傷を抑制し、中核症状の進行を抑えるのです。
行動・心理症状の軽減目的で使用されるその他の薬には、睡眠薬や抗精神病薬・抗不安薬などの向精神薬、抗てんかん薬、漢方薬などがあります。これらの薬は、不安や異常な興奮、睡眠障害など、患者それぞれの行動・心理状態に合わせて処方されます。
認知症の非薬物療法は、脳の活性化を促し不安や無気力、うつといった周辺症状の軽減効果が期待されています。
代表的な非薬物療法には、「回想法」や「認知リハビリテーション」があります。回想法は昔の記憶を思い出しながら人と会話し、記憶を共有することで認知機能の向上を図ります。認知リハビリテーションの場合は、麻雀などのゲームやパズル、計算ドリルなどを用いて認知機能の維持や回復を図るのが特徴です。
その他、ウォーキングや軽い運動の継続、犬や猫などの動物と触れ合うことなども、非薬物療法の一環として行なわれるケースがあります。
慢性硬膜下血腫や正常圧水頭症、脳腫瘍といった疾患によって認知機能低下が引き起こされている場合には、脳外科手術は有効な治療法でしょう。手術によって疾患の根本的な治療をすることで、認知機能低下の症状も回復するケースが多くあります。
最後に、認知症治療を行ううえで、患者本人や家族が無理なく治療を続けるためにはどのようなことを心がけたら良いのか、そのポイントを2つ紹介します。
薬物療法を続けるうえでのポイントは、「服用している薬の情報をまとめておくこと」「副作用や異常の有無をチェックすること」です。
高齢の場合、認知症だけでなく他の疾患などで複数の医療機関にかかっているケースも珍しくありません。そのため、処方される薬の重複や、飲み合わせの悪化などのリスクが発生しやすいため注意が必要です。「お薬手帳」などを活用し、病院や薬局間で処方薬の情報を伝えられるようにしておくと良いでしょう。
また、万が一副作用や異常が見られた場合に備えて、医師や薬剤師との信頼関係を構築しておくことも重要です。薬の飲み始めや変更時に日付や時間、本人の様子などを記録しておき、医師や薬剤師と共有できるようにしておくのも有効でしょう。